Tetra Logic Studio|テトラロジックスタジオ

建築・舞台芸術・映像を中心に新しい創造環境を生み出すプラットフォームとして結成。プロジェクトに応じて、組織内外の柔軟なネットワークを構築し活動を展開。

茫然とする ―アルマイトの栞 vol.196

ふと手に取った千葉雅也さんの『別のしかたで 』は、副題に「ツイッター哲学」と記されているから、Twitterに関する哲学的な論考だろうかと思って本を開くと、奇妙に長い目次のような文字群が先ず目に入り、パラパラと目次を眺めるつもりでページを繰ると、何やら様子がヘンなので、あらためてページを凝視したら、千葉雅也さんのツイートだけが並んでいる本だと判って驚いた。驚きながら目にしたツイート「今日の夕食、とんかつ屋でメインのとんかつに手を付ける直前に、豚汁と漬け物とご飯だけをちょっと頂いてみた短い時間がとても幸福だった。」は、まるで尾崎放哉の自由律俳句かとも思い、ワケの判らぬまま読み耽ってしまった。

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自称は撮影班 ―アルマイトの栞 vol.195

舞踏家の細田麻央さんから「踊りのお知らせです☆よろしくお願いいたします☆」とメールが届き、「よろしくお願い」されたのは公演の映像記録の撮影なんではなかろうかと勝手に解釈し、映像家の大津伴絵さんを誘って「撮影班です」と押し掛けるのは、これが三回目で、では過去二回の麻央さんの記録映像の行方はどうなったかと云えば、たぶん、おそらく、大津さんのMacのHDの中か、ことによると、いまだに彼のカメラのSDカードの中ではないかとも思い、すると今回の映像もSDカードから外へは出ていないと思われ、自分たちの「撮影班です」の一言がチケット代を踏み倒す狙いかも知れないと、そろそろ誰かが気付くべきだ。

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やなぎだクン ―アルマイトの栞 vol.194

なにやら気になり続けて二ヶ月くらい前から繰り返し読んでいる本が、角川ソフィア文庫版の柳田国男『山の人生』で、とっくの以前に読んだとばかり思っていたのだけれど、自室の書棚を調べたら、それは柳田国男の『山民の生活』だったことが判明し、この表題の紛らわしさは『初めて使うAndroid設定ガイド』と『初心者のためのAndroid完全ガイド』の紛らわしさに似ている気がしてならず、まさか柳田国男は、読者が間違えて同じ本を二冊買ったりするのを目論んだのではあるまいな、とか疑念を抱きもするのであって、その点も含め、ちょっとイロイロ、本人を呼び出して問い詰めてみたい気分ではある。

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間に挟んだ機材 ―アルマイトの栞 vol.193

いまとなっては相当に旧式なシンセサイザーやらの諸々の旧い電子楽器を音源として、Macで録音やミキシングなどをするためには、音源とMacの間に「インターフェイス」と呼ばれる機器を挟む必要があるので、それを貸してもらい、シンセやらを音声ケーブルでインターフェイスに接続し、そこからUSBケーブルでMacへ接続して音を録ったら、元の音とは驚くほど違う音が録音されていてナニゴトかと思い、音色も音程も、まるで身に覚えの無い奇怪な音が再生される。例えて云うなら、「ピアノの音色でド・レ・ミ」と入力したら「チャルメラの音色でファ・ラ・レ」なわけで、このインターフェイスは音痴ではないのか。

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カオスなカバー ―アルマイトの栞 vol.192

いつだったか、日が暮れてからエレキベース弾きの友人と会って安い呑み屋を探しながらウロウロしていると、都内では珍しい銭湯の煙突を目にし、「あ、『夜の煙突』だ」と二人揃って口走り、それはカーネーションのアルバム『GONG SHOW 』に収録された名曲『夜の煙突』を揃って反射的に連想した結果なのだが、もし同じ状況で他の知人に向かって『夜の煙突』と口にしたなら、「あ、森高千里の」と返答される確率が高く、カーネーションのオリジナル曲より森高千里カバー曲のほうが有名になっていて、YouTubeで『夜の煙突』と検索すれば、カーネーションがカバーだとしか思えぬ悩ましい検索結果となる。

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