茫然とする ―アルマイトの栞 vol.196
ふと手に取った千葉雅也さんの『別のしかたで
』は、副題に「ツイッター哲学」と記されているから、Twitterに関する哲学的な論考だろうかと思って本を開くと、奇妙に長い目次のような文字群が先ず目に入り、パラパラと目次を眺めるつもりでページを繰ると、何やら様子がヘンなので、あらためてページを凝視したら、千葉雅也さんのツイートだけが並んでいる本だと判って驚いた。驚きながら目にしたツイート「今日の夕食、とんかつ屋でメインのとんかつに手を付ける直前に、豚汁と漬け物とご飯だけをちょっと頂いてみた短い時間がとても幸福だった。」は、まるで尾崎放哉の自由律俳句かとも思い、ワケの判らぬまま読み耽ってしまった。



いまとなっては相当に旧式なシンセサイザーやらの諸々の旧い電子楽器を音源として、Macで録音やミキシングなどをするためには、音源とMacの間に「インターフェイス」と呼ばれる機器を挟む必要があるので、それを貸してもらい、シンセやらを音声ケーブルでインターフェイスに接続し、そこからUSBケーブルでMacへ接続して音を録ったら、元の音とは驚くほど違う音が録音されていてナニゴトかと思い、音色も音程も、まるで身に覚えの無い奇怪な音が再生される。例えて云うなら、「ピアノの音色でド・レ・ミ」と入力したら「チャルメラの音色でファ・ラ・レ」なわけで、このインターフェイスは音痴ではないのか。
