Tetra Logic Studio|テトラロジックスタジオ

建築・舞台芸術・映像を中心に新しい創造環境を生み出すプラットフォームとして結成。プロジェクトに応じて、組織内外の柔軟なネットワークを構築し活動を展開。

滝に住んでた ―アルマイトの栞 vol.55

自分の壊れた身体をどうにか立て直して自宅に戻ったら、今度は自宅が壊れた。漏水である。築20年ほどのマンションの2階にあるウチの風呂場から下階のお宅のリビング天井に雨を降らせてしまったのである。「降らせてしまった」と書いたものの、なにも故意にやったわけではない。配管の老朽化による「事故」だ。まあ薄々は「危ないな」と思う予兆があったので、早期に対応しなかったこちらにも若干の責任はあるかもしれない。そんなわけで、自宅の「手術」となったのだが、それはそれでかなり面倒な事態となった。

漏水が発生したのは風呂場の排水管だが、それだけ直せば好いものか。水が流れていくのは風呂場だけではない。キッチンやら洗面所、トイレもある。その全ての配管が同じ「年齢」なのだから、どれもこれも状況は似たり寄ったりで、そんな場所からの漏水事故も時間の問題だと考える方が当然ではないか。どうせ床を剥がすなら、この際みんな直してしまえと考え、全ての水回り設備をリフォームすることに決めた。複数の業者から見積もりを取り、最も信頼出来ると判断した業者へ工事を頼んだ。なにせその業者さんの「工事部長」は片耳にピアスをして短い茶髪を立てているお兄さんだ。煙草はハイライト。そりゃあ信用するじゃないか。

下階のお宅を少しでも早く安心させようと、工事開始日を可能な限り早くしたのは好いが、それは自分のクビを絞めることでもあった。工事は自宅の真ん中に位置するリビングの床を剥ぐわけで、つまり工事のためにリビングを空にしないといけない。古本屋の倉庫の様になっていたこのリビングをすっかり片付けることを考えただけで、アタマの痛さは尋常ではない。本棚はとうの昔に溢れかえり、どこであれ隙間さえあれば本を積み上げ、突っ込み、そして本は日々増殖してきた12年である。加えてなんだかよくわからないモノもゴロゴロしているのがウチのリビングである。これをいったいどうやってカラッポにすればよいのだ。茫然とし、途方に暮れた。

途方に暮れる時間があるならさっさと片付けを始めるべきだと、身体を動かした。で、とにかく捨てた。いろいろ捨てた。どんどん捨てた。積み重なった「地層」の奥から、およそ記憶に無いものが出てくる。たとえば、数着の真っ黒に焦げたボロボロの白衣。箱に入った三葉虫の化石。大量の鎖。何に使うのか全く不明の30cm四方の機械。「住まい」とは名ばかりのガラクタ部屋である。それらを日々、地道に片付けつつ「人間の片付け場所」も探した。3週間強の工事期間中、自宅に住み続けることは出来ないので、ウィークリーマンションに避難しなければならない。これもかなり気の滅入ることだったが、「もう一度入院するようなもの」と思ったら少し気が楽になった。入院は予行演習みたいなものだったのだ。

なんとか着工日までに部屋を片付け、工事は予定通りに始めることが出来たが、その初日に更に悩ましい事態が発覚した。業者がバスユニットを解体したら、上階のお宅の風呂場からウチにも漏水が発生し始めていたことがわかったのである。玉突き事故みたいな状況である。携帯電話の向こうで「このまま放っておくと、新品になった風呂場へ上から本格的な漏水を受けますよ」と業者のボス氏は云った。アタマが混乱した。このマンションは滝なのではないかと思った。それで仮住まい先から飛んで帰って「滝の上のお宅」を訪ね、事の次第を報告し、ともかく「数ヶ月は大丈夫」らしい応急処置をさせてもらった。そのうえで上階さんも近々本格的な修繕工事をする様子だが、これでまた更に「その上の階からも漏水が」なんてことになったら、もうコントである。『滝の人々』。訳のわからなくなった住人たちは、ついに雨雲の修理まで試みると云う話。本気で書いてみようか、コント。

そんな工事も終わった。やっと自宅に帰ることが出来た。思えば年末の入院騒動以来、まともに自宅に住まっていなかったわけで、気分はずっと放浪中だった。あやうく山頭火のように俳句でも詠みそうな心境だった。帰る場所が定まらない状況は、それはそれで不思議な気分でもあり、屈折した愉楽にもなっていたけれど、やはりどこかで気の休まらない状態だった。だから今は安堵している。ただ、片付けた大量の本を並べ直すのが面倒で、と云うか今まで使っていた本棚が倒壊寸前だったので捨ててしまい、新品を発注して納品待ちなのだ。だからしばらく聴いていなかった音楽に浸ったりしている。「河のはじめの一滴を目指して」、「ひび割れた雲の修理もできる」。滝の集合住宅で聴くムーンライダーズである。

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Comments

幸 | 2009/03/24 00:19
竹井英文さま
コメント、ありがとうございます。御無沙汰しておりますが、お元気そうで何よりです。
ブログ、拝見しました。
確実に「城郭のプロ」になってますね。今度、フィールドワークのことなど、レクチャー頂ければと思ってます。建築史の人なども誘って拝聴したい次第です。
では、また。
竹井英文 | 2009/03/21 21:37
幸先生、お久しぶりです。ネットを見てたら偶然にも発見しました。日本史をやっている竹井です。個展以来となるでしょうか。お元気そうでよかったです。
私も、城郭のブログを始めました。最近は専門の政治社会史だけでなく城郭史にも首を突っ込んで、二足のわらじでやってます。
記事と関係ない個人的なコメントで失礼しました。また遊びに来ます♪

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