調べもの迷宮 ―アルマイトの栞 vol.177
ほんの5秒ほど途絶えた雑談を、唐突に「19世紀のクリミア戦争は」と、前後の脈略の無い話題に変える知人が居て、ナニゴトかと思い、しかし彼の口から「ボスフォラス海峡の」と発せられたとき、自分のアタマには小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』が現れてしまい、それは物語の冒頭の数行目に「ボスフォラス以東に只一つしかないと云われる降矢木家の建物が」と書かれるからで、自分が初めて「ボスフォラス」の地名を知ったのは『黒死館殺人事件』だったゆえに、自分にとっては「ボスフォラス=黒死館殺人事件」なのであって、思い出したからには再読したい衝動に駆られ、知人の話が、申し訳無いことに、聞こえなくなった。