自称は撮影班 ―アルマイトの栞 vol.195
舞踏家の細田麻央さんから「踊りのお知らせです☆よろしくお願いいたします☆」とメールが届き、「よろしくお願い」されたのは公演の映像記録の撮影なんではなかろうかと勝手に解釈し、映像家の大津伴絵さんを誘って「撮影班です」と押し掛けるのは、これが三回目で、では過去二回の麻央さんの記録映像の行方はどうなったかと云えば、たぶん、おそらく、大津さんのMacのHDの中か、ことによると、いまだに彼のカメラのSDカードの中ではないかとも思い、すると今回の映像もSDカードから外へは出ていないと思われ、自分たちの「撮影班です」の一言がチケット代を踏み倒す狙いかも知れないと、そろそろ誰かが気付くべきだ。
これで撮影の行為そのものが「ふり」だったら悪質だが、キチンと撮ってはいるわけで、それだからこそ二台のカメラの設置場所には気を遣い、出来れば公演本番前のリハーサルを見せてもらうのが理想だから、早めに二人で会場入りしてみると、「とくに何にも決まって無い」などと平然と口走る麻央さんが居て、共演ダンサーの二人も好き勝手に踊り回っており、音楽を演奏するらしい二人も、それぞれ勝手に楽器を鳴らしているかと思ったら、そのうちの一人が「ちょっと本番前に、ちょっと」と独り言を呟きつつ会場を出て行き、そのまま近所の呑み屋へ姿を消してしまい、それが客入れ開始30分前なのだけれど、麻央さんが誰に尋ねるともなく発言した。「照明って、誰がやるの?」。
照明のプランどころか、その担当者も決まっていない客入れ30分前は自分も初めて見るような気がし、それなら誰が照明器具を吊ったのかと謎が残るが、気紛れな感じに吊ってあるのは事実で、カラーフィルターもデタラメとは云え入っており、あと必要なのは誰かの蛮勇だけだと思って様子を見守っていたら、たった一人の会場側スタッフのTさんに麻央さんが「やってくださいよぉ」と声を掛け、Tさんは戸惑いながらも引き受けてしまい、麻央さんは「コンセプトはヘンタイだから、ヘンタイな照明」と意味不明なコトを喋り、Tさんが「それでラストのキッカケは?」と極めて重要な質問をすると、麻央さんのキッパリした答えは「私が燭台のローソクに火を点ける。点け忘れたらゴメンナサイ」である。
それでも定時に客入れして、定時に開演し、正確に一時間で終演する不思議で、ただし、奇妙な姿勢のまま長時間に亘って逆さまになっていた麻央さんの、おそらく耳の穴からラストのキッカケは流れ出てしまい、別のダンサーがローソクに火を点けていたが、キチンと終演したのだからソンナことはどうでもイイことで、会場は客を巻き込む打ち上げへと雪崩れ込み、自分が「麻央さんは舞台に並べたローソクの火を素手で消して回る」などと見知らぬ酔客らに不審な噂を流していると、大津さんが麻央さんら出演者に「月の光だけでも綺麗に写るカメラが有る」と怪しい企画を焚き付けて焼酎を呑んでおり、自称「撮影班」の自分たちは、無謀な舞踏家に目を付けてタダ酒まで狙う「流しのテキ屋」じゃないのか。
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