売る方便について ―アルマイトの栞 vol.226
大津伴絵さんの写真の個展『ARRIVED at 51Pegasi』の会期が終わり、個展に合わせて刊行した彼の写真集『洲ノ空』がどれほど会場で売れたのか、写真集へ寄稿の文章を書かされた自分としては気になるのも致し方ないことで、けれども大津さんは売れ行きを尋ねてもハッキリした答えを教えてくれず、しかしKat Designの加藤さんが他の全ての仕事を投げ出してしまったかのように編集とデザインに専念した写真集『洲ノ空』が初版1刷200部だった事を考えれば、少なくとも、これだけは明言して構わない。納品された瞬間から残部僅少である。
そもそも一般的に、写真集が飛ぶように売れるのは稀で、しかも初版1刷の後に増刷される事例も少ないらしい話を出版事情に明るい人から聞かされ、それだからなのか、どうも神保町の古書店を徘徊すると、写真集とか写真集に類する本を多く見かけるような気もして、だからと云って、神保町での個展で販売した写真集の売れ残りを会期の終了直後に神保町の古書店に持ち込むのもいかがなものかと思いもするのだが、しかしながら、大津さんが駅前などで歌を唄いつつ路上に写真集を並べて販売を試みる行為だけは友人として制止しなければならない。
そんな漠然とした不安を個展の当初から抱いていた自分は、実のところ個展の会期中に頻繁に会場の『クラインブルー』へ顔を出しては写真集の売れ行きの具合を大津さんに問い、まるで寺銭を集めに現れる地回りの任侠の人のような振る舞いを続けたばかりか、その会場を訪れてくださる大津さんの友人たちに「写真集を買ってください」とマッチ売りの少女みたいな言葉を繰り返し口走り続け、いっそのこと物販棚に積まれた写真集の前に「感動の涙で写真が見えません!」だとか記した手描きのポップを立ててしまおうかと考えたほどだ。
ところが、商売っ気が在るのか無いのか定かではない大津さんは、個展の会期終了後の売れ残りの写真集の扱いについて当人なりの策を考えていて、新宿と高円寺に在る写真集を専門に扱うギャラリーも兼ねた店に販売を委託するつもりらしく、そればかりか外苑前のギャラリーで開催されるグループ展でも販売を試みるそうなので、出版界の通例に従うなら、それら各所へKat Designの加藤さんが担当編集者として著者の大津さんを連れて出向いてサイン本を作ると共に、販促用ポップを配るべきだ。「2024年6月の刊行直後より残部僅少!」。嘘ではない。



全くもって思いもしなかった研究テーマも在るものだと、つい唸らざるを得なかったのは、『共産テクノ ソ連編』なる書籍が刊行されると知ったときで、初めてタイトルを耳にした際には、「協賛と提供」と聞き誤ったほどなのであって、つまり、それほど、盲点を突いたような研究テーマが「共産テクノ」であり、そんなテーマに取り組む著者の四方宏明さんは、自らを「音楽発掘家」と称しており、そんな肩書きすら初めて目にするわけで、その肩書きの意味するところは「あまり世に知られていない音楽を見つけては紹介する人」かと思うが、そう文字に書いてみて、ふと思った。ワタシも、それになりたい。
「あ、キミみたいな人が、きっと気に入る感じだな」と人から薦められたのは、小説家の尾崎翠で、その名前こそ知っているものの、未読の作家だったから、ともかく河出文庫の『第七官界彷徨』を手に入れ、全く未知の世界へ足を踏み入れる心持ちで本を開くと、その冒頭の書き出しは次のごとくである。「よほど遠い過去のこと、秋から冬にかけての短い期間を、私は、変な家庭の一員としてすごした。そしてそのあいだに私はひとつの恋をしたようである」。いきなり「恋」などと書かれて、危うく本を取り落とすところだった。自分のような者が読んでも構わないのか、おおいに不安がよぎるわけである。
