歌われている場所 ―アルマイトの栞 vol.82
頼まれた原稿が行き詰まって、と云うか、一字も書き出すことが出来ず、考えるばかりの状況に陥り、そんな時は全く関係の無いことをしてアタマの中を一回カラッポにしたほうが好いから、ボンヤリと寝っ転がって何時間も音楽を聴いていた。行き詰まったコトバを追い払うために、インストではなく、歌詞のハッキリしたものばかりを聴いたら、歌われているコトバがいつもより気になった。歌詞に対して「その場所はいったいどこだ」と今さら思ったりするわけである。「湾岸道路」「雨のエア・ポート」と歌われているだけで勝手に羽田空港を想像して何年も聴いていた曲だが、特定の地名が歌詞に織り込まれているわけではない。新潟空港を思い浮かべたとしても、咎められる理由は無い。ムーンライダーズの『モダーン・ラヴァーズ』の歌詞だ。


レンタルDVDで旧いSF映画ばかり借りて観て居た。新しい作品でも30年ほど前のもので、どれも「21世紀の未来」を描いた作品ばかり選んでしまった。そこには決まって人間より優れた知性として振る舞う人工知能やアンドロイドが登場するが、ヤツらは人間と必ずのようにチェスをする。そして当然のごとく人間に勝つわけで、「またあなたの負けです」といきなり宣言し、のみならず解説を加えたがる性格らしい。「あなたがビショップでクイーンを取る。そのビショップを私がナイトで取ったらチェックメイト」。ハッタリだったりしないかと疑った。画面を一時停止にして盤面を観察し始めた。翌日の夜、素直に降参した。しかし、どうしてこの種のSFでは人工知能が人間相手にやたらとチェスをするのか。麻雀ではいけないのか。
舞台照明を頼まれたシャンソンのコンサートは見事なまでにぶっつけ本番の照明だった。本番一週間前のリハーサルは「リハーサル」と呼ぶのも憚られるもので、結局は本番当日の、これまた中途半端なリハーサルで照明を考えた。いや、「考えた」と表現することすら疑わしい。まちまちな衣装を着た三十数名が出演順に舞台上で唄うことじたいはリハとして当然だが、本番の開場時間を考えると全員が持ち歌をフルコーラスで唄う時間は無い。歌詞が3番まであろうとリハでは1番だけ唄って終わりである。一人の持ち時間はせいぜい1分強だったろうか。その1分間でそれぞれの曲の照明パターンを即興で作った。まるでイメージ心理テストである。
