Tetra Logic Studio|テトラロジックスタジオ

建築・舞台芸術・映像を中心に新しい創造環境を生み出すプラットフォームとして結成。プロジェクトに応じて、組織内外の柔軟なネットワークを構築し活動を展開。

『玉手箱』幕の無い幕開け ―アルマイトの栞 vol.46

黒テントの『玉手箱』は5月31日の土曜日に初日の幕を開けた。「幕を開けた」と舞台業界の慣用表現を使ってみたものの、『玉手箱』の舞台に幕は無い。正確には、緞帳はない。この場合、初日を迎えたことをなんと表現すべきなのか。むしろ、いまや緞帳のある舞台なんてかなり限られているのではないか。それでも舞台の者たちは口にする。「初日幕開き、おめでとう」。無いものが「開く」のだ。みんな気は確かなのか。もっと正確に表現したらどうなんだ。『玉手箱』の舞台は、冒頭に小道具の便器が登場する。これを以て表現するなら、初日は「便器が出た」である。「どうなることかと思ったけれど、無事に便器が出たね」「うん、なんとか便器が出て好かった」。何を云ってるのだ。しかし正確さを期すのであれば、やっぱり「便器が出た」のである、無事に。

30日の金曜日にゲネプロ(本番同様の通し稽古)があって、その翌日が本番初日だったのだけど、この一晩で何が起きたのかと思うほど初日の舞台は好かった。ものすごく芝居が面白くなっていたのだ。役者が一晩ではじけてしまった。ストリッパーの話ではあるが、とうとう「脱いで」しまった役者がいる。あんたが脱ぐなよ、って人がいきなり舞台で脱いでしまったのである。稽古中から「脱ぎたいなあ」とつぶやいていた役者である。普段は口数少なく、一人で芝居のことを哲学的な表情で考えているような役者なのだが、あの沈思黙考は「脱ぐべきかどうか」「脱ぐならどのタイミングでどのように脱ぐか」を考えていたのではないか。気難しい顔をして考えることなのか、それは。ともかく一人が脱いでしまった。あとに続く役者が出ない保証は無い。

僕が気にしていたのは小道具の毛布である。冒頭や終盤の場面でホームレス役の一人が毛布をかぶっているのだが、どうもその毛布の色が気になっていた。稽古場では気にならなかった白い毛布が、劇場に稽古の場を移してから気になりはじめた。綺麗過ぎるのだ。照明を当てると更にその白さが目立つ。舞台で「浮いて」しまう。そもそもホームレスがあんな綺麗な毛布を持っているだろうか。それで、ホームレス役の愛川さんに、もっとくすんだ色の毛布が好いと伝えた。出来ることなら色はグレー。それがゲネプロのときに、不思議な色の毛布に代わっていた。あの色は、何色と表現すれば好いのでしょう、薄茶色のような褪せたピンクのような、なんとも名付けようのない色の毛布だった。しかもチラッと見えた裏側はメルヘンチックに花柄である。軽い目眩をおぼえた。どこから現れたんだ、この毛布は。

白よりはましだけれど、やっぱり気になる毛布なのだ。それでこの毛布にもダメを出した。すると衣装の山下さんが「その毛布を染めて汚しをいれたらいいじゃない」と意見を出した。その意見に愛川さんが云った。「これ、俺の私物なんだけど」。愛川さん、そんな可愛い毛布で寝てるのか。で、結局は最初の白い毛布を灰色に染めてもらうことにした。本番初日に間に合った薄灰色の毛布は、なんとか合格圏内だった。でも、もう少し濃い灰色でもいい。終演後の初日乾杯で、役者の宮地さんが「毛布の色はどうでしたか」と尋ねるので、時間に余裕があったら更に濃くして欲しいと伝えたが、いま考えると色だけではなく、少し裂いてボロな感じにしても好かったかもしれない。

初日は客入りも好く、芝居に対する観客の反応も良好だったので、初日乾杯は明るい雰囲気だった。台詞がハデに落ちた役者が居たのは事実だけれど、旨く芝居をつないでしまったので、致命的なミスにはならなかった。台本の半ページ分の台詞が落ちてもつながる芝居ってのはいかがなものかと思うが、本人が詫びて回ることに誰も怒ってはいなかった。バンドの演奏もこの数日で格段に好くなった。トランペットの音の「抜け」がクリアになってきたし、シーナ&ザ・ロケッツの「レモンティー」も歌メロのサックスが安定してきた。いままであまりゆっくり話す機会のなかった役者とも話せて、愉しい時間を過ごせた初日である。とは云え、楽日の6月15日まではまだ長い。稽古中に舞台から落ちた役者が居たけれど、台詞も体も落ちないように、無事に楽日を迎えて欲しいものだ。

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