Tetra Logic Studio|テトラロジックスタジオ

建築・舞台芸術・映像を中心に新しい創造環境を生み出すプラットフォームとして結成。プロジェクトに応じて、組織内外の柔軟なネットワークを構築し活動を展開。

簡単明瞭な世界観 ―アルマイトの栞 vol.216

アメリカの言語人類学者ダニエル・L・エヴァレットは、言語学のフィールドワークを行う目的で、ブラジルのアマゾンに暮らす少数民族ピダハンの集落へ出向いて彼らと共に生活し、そこでの体験の一部始終を綴った著書の邦訳が、みすず書房『ピダハン 〜「言語本能」を超える文化と世界観〜 』なのだが、原著の表題は「DON’T SLEEP, THERE ARE SNAKES」となっており、和訳すると「眠るな、そこにヘビが居る」で、これはピダハンたちが夜の時間帯に仲間へ別れを告げる際に使う言葉なのだそうだから、つまり「お休みなさい」の挨拶だろうけど、「そこにヘビが居るぞ」では、怖くて眠れたものではない。

著者は言語人類学者の研究行為としてピダハンの集落で暮らし始めたはずなのだが、本書を読むほどに、ピダハンの集落で「珍妙な滞在者」扱いをされ続けて困惑ばかりしている著者本人が、申し訳ないけれども、道化に見えてしかたなく、一日も早くピダハン語を習得しようと身振り手振りを交えてピダハンたちから彼らの言葉を教えてもらう中で、著者は「ピダハン語には数がない」「ピダハン語には完了形がない」と知っては驚愕し、そしてピダハン語での会話が出来るようになった頃、著者は新たな驚きに直面するわけで、よせばいいのに「イエス・キリスト」の話なんぞをピダハンたちに語り、彼らから予想外の質問を投げ掛けられる。「で、お前は、いつ、そいつに会ったんだい?」。

「言語人類学」が著者D・L・エヴァレットの専門分野だから、著者の関心はピダハンの言語だけでなく、生活習慣や文化にも向けられ、ピダハンたちの死生観だとか、ピダハン独自の「創世神話」の内容だとかにも興味を抱き、そんな折りにピダハンの集落で村人の一人が亡くなり、著者が埋葬の様子を観察すると、ピダハンたちは遺体を座らせるような姿勢にして掘った穴に埋め、これは、いわゆる「屈葬」の形式だから、そこに存在すると思われる葬送儀礼の宗教的背景を探るべく、著者がピダハンたちに「なぜ座らせた姿勢で埋めるのか」と問うと、彼らはケロッとした顔で答える。「掘る穴が小さくてすむじゃないか」。そして、創世神話なんて大袈裟な昔話は全く存在しない。

研究者が考える複雑な仮説より、事実は至って単純なことが多いのかもしれず、自分が気になるのは「巨石文明」と呼ばれる類についてで、ある時、棚に収まらない大量の本が床積みされた自室の中を、少しでも歩きやすいようにと片付け、それは床積みの本の上に更に本を積む愚かな行為でしかなかったが、ふと気付くと、自分の通り道を作るために高く積み上げた本の山が、「ストーンヘンジ」そっくりになっており、その刹那に、悟った。「ストーンヘンジは、邪魔なデカい石をどけて積んだだけなんじゃないか」。ストーンヘンジを構築した紀元前の人々に「これは夏至の太陽の方角ですよね」と問えば、「偶然じゃね?、あ、そこにヘビが居るぞ」で終わり、学者たちは途方に暮れる。

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