乱れ打つ人々 ―アルマイトの栞 vol.198
東京ドームだとか巨大なアリーナ施設が年越しのカウントダウンライヴの会場に選ばれるものだとばかり思っていたので、「寺」は盲点だった。自分のウカツさを猛反省せねばなるまい。寺の境内でカウントダウンライヴを開催してはいけない理由など無いのであって、ウカツな自分を嘲笑うかのように、境内には大小様々な和太鼓がセッティングされており、しかし、その和太鼓の前に並べられた60センチ四方くらいの三枚の板の用途は謎だったが、ライヴのスタートと同時に、板の上で三人が激しいタップダンスを始めた。和太鼓とタップダンスのコラボである。その脇で除夜の鐘が鳴る。前衛的な打楽器アンサンブルに違いない。
奇妙な間合いで梵鐘の音が響くアンサンブルを聴いたものだから、勝手に「禅」を感じてしまい、ジョン・ケージの作品だと告げられたら信じそうだが、そんな前衛ライヴを間近に見つめることになった理由は、大晦日の夜に映像家の大津伴絵さんの助手だか弟子として奉公したからで、彼を前衛ライヴの会場へ呼び寄せたのはボイスパフォーマーの岸川恭子さんであり、このライヴの首謀者の一人でもある彼女が、ライヴの記録映像の撮影を大津さんに依頼し、二台のカメラを使うとなると丁稚みたいな者が一人は必要となって、大津さんから自分に声が掛かり、しかし決して「撮影の腕を買われた」とかではなく、会場と自宅が近いと云う、極めて合理的な判断基準による人選で、さすがプロの映像家だ。
そして「声のプロ」の岸川さんの役割はライヴの演奏を挟んで観客に向かってMCトークをすることらしいと思って眺めていたら、年が変わった午前0時とともに、「年のはじめの ためしとてー」と和太鼓をバックに唄いだし、なにせ岸川さんは尋常ではない声量の持ち主なので、暴れ太鼓の音だろうと「伴奏」になってしまい、そのソウルフルな歌唱法は「祝ーう 今日こーそ たのしーけれー」と歌詞の譜割りもシンコペーションさせて、正月の童謡がソウルミュージックみたいなことになり、場所が修道院なら『天使にラブ・ソングを』だが、周囲の光景を見る限り、『不動明王にラブ・ソングを』な雰囲気が満ち溢れ、記録映像などではなく、このまま映画を作ってしまっても好いのではないか。
大津さんも初詣の人々で賑わう不動堂を撮影しており、それは恐らく映画のラストシーンで、和太鼓とタップと梵鐘と岸川さんの歌声が響く境内の場面から不動堂にカットが変わり、大勢の参詣人を前に不動明王が神託を叫ぶ。「I like " Twistin' the Night Away" !」。サム・クックの大ヒット・ソウルナンバーじゃないか。お不動様は年越しの夜をツイストで踊り明かしたかったのだと会衆一同が知り、一瞬の沈黙の後に和太鼓のバチのカウントが鳴って『Twistin' the Night Away』の演奏が始まり、タップと梵鐘の乱れ打ちも加わって岸川さんが唄い、参詣人たちはツイストを踊り狂い、お焚き上げの炎に僧侶たちが袈裟を切って投げ込めば、ジョン・ケージも驚く前衛さだと、元日の午前2時に思った。
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