Tetra Logic Studio|テトラロジックスタジオ

建築・舞台芸術・映像を中心に新しい創造環境を生み出すプラットフォームとして結成。プロジェクトに応じて、組織内外の柔軟なネットワークを構築し活動を展開。

追跡の国 ―アルマイトの栞 vol.182

'60年代の半ばに初めて日本を訪れたロラン・バルトは、よほど衝撃を受けたらしく、一冊の本を書いてしまい、その本は、ちくま学芸文庫『表徴の帝国 』が邦訳だが、みすず書房からも新訳が出ており、そちらの邦題は『記号の国 』で、両者を読み比べて気になるのは、バルトが天ぷら屋へ案内された体験を記した章『すきま』の冒頭だ。『表徴の帝国』で「うなぎ」と訳された語が、『記号の国』では「穴子」で、天ぷら屋なのだから「穴子」が正しいように思うが、「頭に錐を打ち、皮を剥く」との調理法は「うなぎ」のような気もし、バルトが食べたのはウナギか穴子か、気になって仕方ない。先ず、店は、どこだ?

なにせバルトは、供された天ぷらを「レース編み細工」と表現するほどで、一応は日本に生まれ育った自分ではあるけれど、そんな繊細な天ぷらを食べた経験があるか疑わしく、しかし、バルトは更に天ぷらを「すきまだけから作られていながら、そのすきまが食べられるために作られており」「ときには空気の球のように球形に食べ物がつくられていたりもする」とまで表現し、どう考えたって高級店ではないのか、それは。バルトによれば、彼の食べた天ぷらは「わたしたちの目の前で調理」されたのだそうで、その事実からも、高級店だった可能性は高く、ここで更に気になり始めることは「どんな人が初来日のバルトを天ぷら屋へ案内したのか」だ。その人は「天ぷらを語りたい人」だった疑いがある。

バルトは天ぷら屋について、次のように書く。「高級店は新しい油を使用し、いったん使った油は中級店へ転売され、その油はさらに格の下がった店へ、とつづいてゆく」。本当なのだろうか。天ぷら業界に関しては何も知らない自分なので、どうにも判断できないが、もしかすると、天ぷら屋の店の裏庭には、天ぷら油の流れる小川か樋が在り、その流れに沿って上流から格の高い天ぷら屋が並んでいたりするとか云う、都市伝説さながらの事実が、業界関係者の他には誰にも知られずに隠されていたりするのではないか。そしてバルトを天ぷら屋へ案内したのは、その秘密を知る人物で、バルト自身も「業界の秘密」を知ってしまったがゆえに、初の日本滞在は短期間となった。「組織」に狙われたのだ。

すると、この本に記されているのは、バルトの日本での逃避行で、だから、「パチンコ店」へ入ってしまったり、何人もの日本人に「道の案内図」を描かせたり、「電車の駅」に目が向き、「地下街」へ紛れ込む。そして一ヶ月後、なんとかフランスへ帰ったバルトは、知ってしまった「秘密」を喋りたい誘惑に悩まされ、しかし、あからさまに秘密を暴露する危険を恐れ、著書の体裁を装うことを思い付き、つまり、天ぷらについて語る前の章に書かれた「すき焼き」の話題は、目くらましだ。ウナギか穴子かなど問題ではなく、バルトを案内した人物の正体こそ問題で、本書の冒頭と巻末に意味ありげに大きく掲載された舟木一夫のブロマイドが手配写真に見えるのは、ことによると、気のせいではない。

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