Tetra Logic Studio|テトラロジックスタジオ

建築・舞台芸術・映像を中心に新しい創造環境を生み出すプラットフォームとして結成。プロジェクトに応じて、組織内外の柔軟なネットワークを構築し活動を展開。

喋り合うなら ―アルマイトの栞 vol.172

昨年の、たしか10月末頃、新潮選書の刊行予告で鶴見太郎著『座談の思想 』を目にして、そこに記された目次に驚いた。そもそも「座談には著作物よりも思想の本質が現れる」と考えて「座談とは何か」を追い掛け始めた著者の着眼点にビックリした。座談会ばかりを調べようと思い付く発想が、マトモではない。目次には細かな小見出しが89項目も記され、それを見ただけで興味津々となった。いきなり「岩倉使節団の欠落点」である。幕末に、何か起きたのだ、「座談」史的に。最も気になった項目は第三部の中ほどだ。「言い出せないが、何かそこにある」。本文も読まぬうちに「絶対に、何かあるよな」と賛同してしまった。

このまま目次だけ見て興奮が治まるわけもなく、刊行を待ち侘び、本を手に入れた。冒頭の「はじめに」で、著者は恐ろしく正しい一言を放つ。「熱中した会話ほど、実は記憶に残らない」。ホントだ。一週間ほど前に、友人と明け方5時過ぎまでファミレスに居座って夜通し喋っていたが、いったいドンナ会話が展開したのか、ほとんど思い出せず、妙に記憶に鮮やかなのは、自分たちの斜向かい側の席で明け方の4時頃に「グラタン、ハンバーグ、ライス大盛り」を食べていた人だ。友人との雑談には全く関係の無い事柄である。0時過ぎから5時過ぎまで喋って、これはどうしたことか。いま必死に記憶を辿り、一つ思い出した。「ストリートビューで走ると路肩に飛び込んで道に迷う」。不毛な会話だ。

そして『座談の思想』だが、本当に著者には失礼な読み方だと思いながらも、先ず引用されている数多くの「座談会」部分ばかりを読んでしまった。菊池寛が司会で「怪異」を主題とした昭和2年の座談会には芥川龍之介や柳田国男が参加し、芥川が「僕の親爺の友達」の体験を喋る。怪異な体験談を「従兄の知り合いが」と語り出せば、「それ、他人じゃん」と同席者からツッコミの入ることは、よく知られているが、芥川ですらソンナ話を持ち出す。しかし、ここで、ツッコミ以上の一言が柳田国男の口から飛ぶ。「それは完全な幻覚です」。身もフタも無いコトバだ。ことによると、柳田国男は、場の盛り上がりを破壊してしまうタイプではないのか。「遠野」の怪異しか認めてくれない可能性が高い。

キチンと『座談の思想』全体を読むと、自分のような狭い知識の者には更に驚きの種だらけで、「菊池寛は座談会の企画と司会の名手」だと初めて知った。学校の教科書では、まるで菊池寛が一発屋みたいに『父帰る』とばかり記されるが、「司会者の先駆け」くらい書いたらどうか。居酒屋で4人の「雑談」ですら、誰も「蚊帳の外」にせず座持ちさせる役は難しいのだから。そこで気になるのは、本書の終盤の項目だ。「寡言の人」。居る、喋らない人。年末に総勢7人の忘年会へ出て、自分が寡言の人になってしまい、「今日、喋らないね」と云われたが、饒舌過ぎる人が過半数の無法地帯で、司会者も不在では、本質が騒乱だ。同じ顔ぶれで再び集うなら、「菊池寛が憑依する巫女」を連れて行ってやる。

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