何かに使えないか ―アルマイトの栞 vol.149
一昨年、「舞台の照明に使えないか」と、ネット通販でケミカルライトを買った。ライヴ会場で観客が振り回している「光る棒」だ。それを十数本、箱買いして、急いで居たので配送料を払って翌日配達にし、品物を受け取るや、仕込み現場へ飛んで行き、会場で試し、「NGだね」と自分で云った。その後、通販サイトから「高輝度のブルーも出ました」などと頻繁にケミカルライトの広告メールが届き、自分の「失策」と呼べる生傷に唐辛子を塗られている気分がした。そんな経験をしたのに、「何かに使えないか」と、ネット通販で理科実験用キット『プリズムと光の研究』を買った。プリズムは虹も出せるが、箸置きにも使えそうだ。
舞台の照明演出で「虹」や「オーロラ」を出したいのであれば、それぞれに専用の照明器具が存在する。実は以前、「オーロラ」専用の照明器具を一つ、自宅に持っていた。そんなモノが自宅に在ることじたい、そもそもどうなのかと思うのだが、知人の照明さんから「使わないんで、あげるよ」と云われ、タダで貰い、しかし使う機会は無く、四年前に「使わないんで、あげるよ」と、今度は自分が口走り、劇団 黒テントがトラックで持って行った。黒テントが舞台でオーロラを出した話を、一向に聞かない。そんなものだと思う。照明演出において「ここはオーロラで」と云う話が頻繁に登場するのは、たぶん、おそらく、推測に過ぎないが、とは云え、かなりな確率で、結婚式の披露宴である。
宅配便で届いた『プリズムと光の研究』は小さな実験キットなので、間違っても「舞台で使おう」などと考えてはいけない。そんな規模の虹やらを出すのは無理な話で、取り敢えずは自宅で部屋を暗くして、懐中電灯を点け、部屋の隅にうずくまり、壁や床に小さな虹を出してみた。もしかして、これで終わりになったりするのじゃないか。実験キットの説明書には「屋外でプリズムを日光に当てて、地面や壁に出る光を観察しよう」とか書いてあるが、それは子供が実行する場合に限って微笑ましい行為なわけで、自分のような者が日中に自宅の近所で実行すると、近隣から不審の念を抱かれる。ともすれば、どこかへ通報される。青い制服の人に尋問されたら、尤もな説明をするのは難儀なことだ。
だが、野外で陽光をプリズムに通して遊ぶ実験には誘惑を覚える。実行して、もし制服の人に詰問されたら、「これは対象年齢6才以上です」と商品の箱書きを見せ、自分の免許証も提示すれば好い。そう考えて居たら、通販サイトから別の理科実験キットの広告メールが来た。『指紋の研究』。なんだ、それは。「屋外で、いろんな人の指紋を採って観察しよう」とか云うモノか?。子供が実行しても目的を問われそうだ。自分が買うなら、集めた指紋を舞台か何かに使う方便も必要だ。大量の指紋を舞台上にプロジェクタ投影する『シンデレラ《指紋照合篇》』の創作。夢が無いと云うか、「シンデレラを捜して指紋照合に夢中の王子」はサイコホラーな雰囲気で、『羊たちの沈黙』並みに怖い物語になる。
Comments