Tetra Logic Studio|テトラロジックスタジオ

建築・舞台芸術・映像を中心に新しい創造環境を生み出すプラットフォームとして結成。プロジェクトに応じて、組織内外の柔軟なネットワークを構築し活動を展開。

五十音 ―アルマイトの栞 vol.142

書店で、作家名の五十音順に本を並べている光景は珍しくなく、その場合に見かけるのは「あ:芥川龍之介」で始まるような並び方だ。海外作家だと、「ア:アーヴィング」から始まるような感じだと思う。作家名の五十音順とは、大抵そのようなことになるのだと信じ込んでいたから、『私が選ぶ国書刊行会の3冊 国書刊行会40周年記念小冊子』の巻末に付された索引に驚いた。それは五十音順に並んだ国書刊行会の出版目録なのだが、最初に名前の出て来る著者が「アレイスター・クロウリー」である。『麻薬常用者の日記』とか『霊視と幻聴』などを書いた、20世紀初頭の「魔術師」だ。五十音順で魔術師がトップになる図書目録を、他に知らない。

そんなことを云う自分の家の書棚はどうなるのかと、あらためて眺めた。きわめて普通に「芥川龍之介」から始まるだろうと考えたのだ。違った。「赤瀬川原平」。本の表題まで含めて五十音順にしてみる。「赤瀬川原平『櫻画報大全』」「赤瀬川原平『全面自供!』」「赤瀬川原平『超芸術トマソン』」「赤瀬川原平『東京ミキサー計画』」。どうしたことか、これは。一向に芥川龍之介へ辿り着かない。いつの間に、そんな書棚になっていたのか。そう云えば、アーヴィング『ガープの世界』の背表紙を自宅で見ていた記憶があるのだが、見当たらず、書店や図書館の棚の光景と記憶がゴチャ混ぜになっているらしいことに気付くわけで、自分のモノと他人のモノとの区別が付かないのは、ドロボウである。

ふと、では自宅の冷蔵庫の中身を五十音順に並べると、どんなことになるのかと思った。人並みに、「アジの開き干し」くらいから始まって欲しいものだと願った。「アルフォート」。アジは不在で、いきなりチョコレート菓子である。好きなのですよ、アルフォート。それはともかく。自宅の書棚で「あ」を代表するのが「赤瀬川原平」で、冷蔵庫では「アルフォート」と云うのもどうかと思い、それならば、文具類の並んだ自分の机の上くらいは、普通に「青鉛筆」や「赤鉛筆」が五十音順のトップだろうと信じて、見回した。「アートボード B4ケント」。まさか「青鉛筆」より先になるモノが居るとは思わなかった。「アートボード B4ケント」が「あ」を代表して好いものだろうか。

電話口などで固有名の音を相手に確認する場合、「あ」は「朝日の『あ』ですね」と尋ねるのが一般的かと思うが、国書刊行会の人は、それを「アレイスター・クロウリーの『あ』ですね」とか云うのだろうか。それに対して「はい、『アートボード B4ケント』の『あ』です」と返答して構わないだろうか。いや、むしろ心配なのは、自分の姓「ユキ」の確認だ。以前、電話で「弓矢の『ゆ』に、切手の『き』ですね」と問われたのだが、国書刊行会の人はそんな平凡な用例を使いはすまい。「幽霊の『ゆ』に、綺想の『き』ですね」。こちらにも、それ相応に国書刊行会レベルの返答が求められる。「はい、行方不明の『ゆ』に、奇跡の『き』です」。どちらかが「参りました」と云うまで続ける。

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