Tetra Logic Studio|テトラロジックスタジオ

建築・舞台芸術・映像を中心に新しい創造環境を生み出すプラットフォームとして結成。プロジェクトに応じて、組織内外の柔軟なネットワークを構築し活動を展開。

見取り図に潜むもの ―アルマイトの栞 vol.141

広い展示会の会場で、どうやら自分が迷子になってるらしいと気付いたのは、会場に足を踏み入れて20分後くらいだったろうか。街中で迷子になった場合は早々に気付くのだが、展示会の場は事態が発覚するまでに随分と時間が掛かるのだと知った。その原因は、会場内のどこを見回しても愉しいからで、目を奪われるままにフラフラと展示ブースを覗きながら面白がって歩くうちに、自分の現在地が判らなくなる。エサに釣られて簡単に罠に掛かるタイプだ。けれども、酷い方向音痴の自分としては、決して無警戒に会場へ入ったわけではない。入場する前に、高い場所から会場全体を眺め、「見渡してしまえば勝ちだ」と考えた。慢心だった。

会場の見取り図も持ってはいるのに、それでも迷うわけで、「この見取り図は正しいのか」と、自分の方向音痴を棚に上げ、云い掛かりとしか思えない疑念を抱いたりしたのだが、それは読み終わったばかりの推理小説に原因がある。「現場の見取り図」として掲載された邸宅の図面と、本文の記述が一致してないのじゃないかと疑ったのだ。いや、と云うより、話が進んでいく中で、当然の事であるかのように「その部屋の隣は書庫だから」とか「すると庭の隅の温室が」と云う具合に、見取り図には無い空間が唐突に増え、読者としては「いま初めて知りました」と驚くばかりなのだった。あの見取り図は何だったのか。読みながら読者自身が描き足して完成させる付録だろうか。

二週間ほど前に、急な用事で初めての場所に出掛けることになり、事前にサイトで「案内図」を確認した。そこは最寄り駅の目の前で、学生時代にバイト先として通った場所の近所でもあったから、「ああ、あの辺りか」と思って出向いた。駅から歩いて1分ほどで目的のビルは見付かった。問題はそこから始まった。訪問先は、そのビルの3階のはずなのだが、どうやっても2階の居酒屋までしか行けない。案内図を何度も見直したが、そのビルにハッキリと巨大な矢印付きで「ココ、3F」と記してある。居酒屋にビールを配達に来た人に尋ねた。彼は少し悩み、教えてくれた。「このビル、たしか裏側に、もう一つ小さい入り口があるんですよ」。いきなり、秘密の扉みたいな話に出くわすのである。

「見取り図」「案内図」と称しておきながら、事態の進行につれて明らかになる「描かれていない部分」を潜ませ、その発見で人を驚かせる演出意図だとすれば、理解できる。その種のイタズラは自分も好きだ。そう考えると、展示会場の見取り図を作った誰かについても、同好の士である可能性が浮上する。主催者や出展企業にすら気付かれずにイタズラを仕掛ける高度なテクニックの人だ。その人は、きっと会場のどこかから来場者を観察し、ほくそ笑んで居たに違いない。自分のような者は、いいカモなのではないか。「あ、あの人、『会場を見渡してしまえば勝ちだ』とか考えたんだ。すぐ『迷子になってるらしい』って悩むよ」。その通りです。演出側にとって理想的な客だ。仕返しがしたい。

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