Tetra Logic Studio|テトラロジックスタジオ

建築・舞台芸術・映像を中心に新しい創造環境を生み出すプラットフォームとして結成。プロジェクトに応じて、組織内外の柔軟なネットワークを構築し活動を展開。

チューニング用だが ―アルマイトの栞 vol.139

ソフトケースがホコリを被りっぱなしのエレキベースを、掃除したついでにチューニングしようかと思って、これもまた久しぶりのチューナを取り出したら、何やらチューナの様子がヘンだ。電池を交換しても、挙動が不可解で、もしかしてチューナが幻聴か耳鳴りに悩まされているのじゃないかと思う振る舞いをする。音叉を持ち出して、その音でチューナの様子を観察したが、これは何をしていることになるのか自分でもよく判らない行為だ。物差しを物差しで測っているのと同じで、何だか自分で自分が阿呆に思える。想像してみてほしい。部屋で一人、右手のチューナを見つめながら、左手の音叉で机や椅子を叩いて回る者が居るのだ。心配な人だ。

そして、ことによると、音叉までもがどうかしてるのではないかと思ったのは、チューナの正面よりも右か左にズレた位置で音叉を鳴らすと、正面で鳴らした場合よりもチューナが過敏に反応することで、どれを信用すれば好いのか?。久しぶりに電源を入れたチューナが、自身の役割を忘れて「音源の位置と距離を知らせる機械です」とか勘違いしてやしないか。けれども、だとすれば、それはそれで便利な機械だ。そう云う機能の安価なモノが欲しかったのだ。俳優の声を録音して、ラジオドラマめいた何かを創ろうかと企むのだが、再生時の音の臨場感を旨く出すために、どうやって収録したものかと悩んでいた。高価なスタジオやらマイクを望むのは身の程知らずと云うもので、機材名を口にしてもいけない。

以前、ある劇場で芝居を観ていたら、舞台床にマイクの仕込んであるのがチラッと目に入った。何の音を拾う目的なのかは判らなかったが、そのマイクが舞台を歩く俳優の靴音を拾ってしまい、その音が客席天井のスピーカから聞こえる奇妙な事態になっていて、まるで誰かが天井裏を歩き回っているのかと錯覚した。明らかにマズイことになっているのだが、もし上演作品が乱歩の『屋根裏の散歩者』だったら、使える手法である。しかし、それは舞台上演の場合に「使える」であって、再生音として部屋で聴いたりする場合は困難を伴う。作品が『屋根裏の散歩者』で、それをステレオですらなく、モノラルでしか聴けない人に対しては注意書きが必要だ。「なるべくスピーカより低い姿勢で聴いて下さい」。

そう考えると、つまり、難しいのは「上下左右」の臨場感だと云うことになる。「遠い」と「近い」だけなら、どうにかなるんじゃないか。スピーカから聞こえる俳優の声が、遠ざかって行くかと思えば、何ごとかと思うほど急接近して来て、聴いている者も慌てて逃げ出したい気分になって立ち上がるような、「遠近の臨場感」だ。そのための旨い収録方法はないものかと、チューナの不可解な反応を見つめながら音叉を打ち鳴らしてみるわけだが、それで、エレキベースのチューニングはどうするのか。またソフトケースがホコリを被るだけなのか。そもそも、満足に弾けもしないのに、なぜ自分はエレキベースを所有してるのか。むしろ、そこからして先ず不可解なことになっている。

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