Tetra Logic Studio|テトラロジックスタジオ

建築・舞台芸術・映像を中心に新しい創造環境を生み出すプラットフォームとして結成。プロジェクトに応じて、組織内外の柔軟なネットワークを構築し活動を展開。

リアルの方向 ―アルマイトの栞 vol.119

身近にあるだろう音を録って編集中の映像に入れようと思ったが、さもない筈のその音が意外と見付からない。それで、いっそのことシンセサイザーでその音を作ってしまおうと考えたものの、自分の所有しているシンセはあまりに旧く、音声ファイルに変換する作業が厄介である。どうするべきかと悩んでいたら、ネット上にフリーウェアのシンセソフトを見付けた。アナログシンセのシミュレータだ。目前の作業とは無関係に、ときめいた。CGで再現された操作パネルの材質感のリアルさはなんだ。そこまで必要なのか。材質感はシンセの本質ではないが、「リアル」を追求するのがシミュレータの本分だ。きっと担当デザイナーが口走ったのである。「景気付け、景気付け」。

「シミュレータ」と呼びうるモノが「リアル」を追求するとき、えてしてその本質とは異なる部分に作成者の熱意が注がれるのではないかと思うわけで、ことによると、シミュレータの目指す「リアルの方向」とは、「機能の再現」ではなく「見てくれの再現」だったりするのじゃないか。このアナログシンセのシミュレータにせよ、操作パネルに配置されたツマミ類などはリアルそのものだが、しかし「ツマめ」はしないのである。ツマんで回したいのはやまやまだが、クリックしたままズルズルと引き回すよりないのだ。画面上で小さなツマミが円弧を描いて回っているのに、操作している自分の手は歪んだ楕円らしきものを大きく描いている。テーブルの外へ手がはみ出す。何をしているのだろうか。

iPadが出回り始めた当初、電子書籍の漫画をiPadで読んでいる人が電車の隣席に居た。ページをめくる操作のたびに、紙のようにページの左下隅がまくれ上がる様子をCGで再現している。書籍としての「リアル」が、そこに顔を出したのだと思った。それならば、ウッカリと2ページめくってしまう状況もランダムに再現したらどうか。そして、電子書籍のページをめくる際につい指先を舐める者が現れる。その指でタブレット端末の画面に繰り返し触れて大丈夫なものか知らないのだが。しかし、それで画面が傷むのであれば、すぐに誰かが「指を舐めても大丈夫な画面保護カバー」を作って売り始める。「リアル」は保証され続ける。いや、そもそもページをめくるときに指を舐めてはいけないですよ。

シンセソフトは操作と再現がチグハグなものの、長時間の後に、ともかく欲しい音としては合格点のような音色が出来た。その音色をメモリしようと思って「保存」の操作メニューを探したが、操作方法が判らない。そんな初歩的なこともまた、誰かがネット上に書いてくれているのではないかと検索したら、判明した。「これの唯一の欠点は音色をメモリ出来ないことです」。いきなりな結論である。音色のメモリ機能の無いシンセなど、いつの時代の話だ。まるで40年前のシンセだ。しかし、である。コイツはアナログシンセサイザーのシミュレータではなかったか。だとすれば、「メモリ機能が無い」も「リアル」に相違ない。メモ紙に音色のパラメータ数値を筆写した。機能のリアルが最後に顔を出す。

雑記 | comments (0) | trackbacks (0) | このエントリーを含むはてなブックマーク

Comments

Comment Form

Trackbacks