コラボからマニアックへ ―アルマイトの栞 vol.118
古書店の文庫の棚で『妖精物語からSFへ』と書かれた背表紙に目が留まった。にわかに意味の解らない書名だが、むしろそれゆえなのか、手に取ってしまった。よく見ると、著者はロジェ・カイヨワだ。『遊びと人間』で有名な人だ。と、書いて気付いたが、他の著作はよく知らない。「カイヨワ」と聞けば、条件反射のように『遊びと人間』がアタマの中に飛び出して来るが、その一冊しか著書がないわけではあるまい。そもそも、カイヨワに対するそんな条件反射を、いったいどこで植え付けられたのか。まるでカイヨワが「一発屋」みたいじゃないか。しかし、偉そうな口を利けた自分ではなく、『妖精物語からSFへ』の著者近影で初めてカイヨワの顔を見た。フランス人っぽい。それはそうだろう。
手にした『妖精物語からSFへ』をさらによく見ると、「サンリオSF文庫」だ。唐突に'90年前後の書店の光景を思い出したのは、たぶんサンリオSF文庫のコーナーをその頃までは目にしていたからで、しかし、いつの間にか無くなった。じつのところ、サンリオSF文庫の本は一冊も買ったことがない。と云うか、書店でそのコーナーを遠目に見ていただけで、近付きもしなかった。自分でもよく判らないが、おそらく「サンリオ」と「SF」の二語から勝手な偏見を抱いていたのだ。だから、実際にどんな作品を刊行していたのか知らないわけで、たまたま手にした『妖精物語からSFへ』を見て、意表を突かれた思いがした。「カイヨワだ」と驚き、「サンリオSF文庫だ」と驚いた。勝手な驚きではある。
取り敢えずページをパラパラとめくったら、巻末の解説が荒俣宏さんだった。「アラマタ先生じゃありませんか!」と驚いた。いや、べつに知り合いとかではないが、通い慣れない総合病院で担当医が同級生だったような驚きがあったのだ。どんな喩えだ、それは。なんにせよ、いったい刊行年はいつの本なのかと思って奥付を見ると、'78年とある。「サンリオSF文庫ってそんな時代か」と、凡庸過ぎるほど凡庸なことを考えた。奥付を開いたついでに、巻末の自社広告を眺める。スタニスワフ・レム『マーヴォ計画』。知らない。『ソラリス』だけではなかったのだと、さらに愚か者な感動をする。『SF百科図鑑』。欲しいです。34年前の文庫本に、どうすれば好いのかと思うほど目眩を覚える自分が居た。
自分の無知に原因があるだけとは云え、こうなると「この本は読むべきだ」と云う気持ちに強く支配される。何が魅力になるか判らないものだ。作品それ自体ではない部分に魅了されている点で、これは「ジャケ買い」の延長とも呼べ、いわば「組み合わせの罠」に掛かったのだ、勝手に。掛かるのは簡単だが、意図的に作るのは困難な罠である。しかし、罠の作成が旨くいった場合、人はそれを「コラボレーション」と呼ぶ。その一方で、作成者の意図とは関係無く「コラボレーション」を見出してしまう者も居り、たぶん『妖精物語からSFへ』に眩惑された自分がそうだ。だが、これを「凄いコラボだよ」と喧伝して回って得られる同調者は少ない気がする。世間で「マニアック」と呼ぶのは、このことか?。
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