Tetra Logic Studio|テトラロジックスタジオ

建築・舞台芸術・映像を中心に新しい創造環境を生み出すプラットフォームとして結成。プロジェクトに応じて、組織内外の柔軟なネットワークを構築し活動を展開。

マイルス・デイヴィスの藪の中 ―アルマイトの栞 vol.97

マイルス・デイヴィス『アガルタ』『パンゲア』の真実 「河出書房から出たばかりの本に、半村良の話題が出てるらしいです」。情報をくれるのは有り難いが、いくらなんでも漠然としすぎではないか。しかも、情報の最後は「らしい」と伝聞だ。このまま半村良オフィシャルサイトや公式ツイッターに掲載してみようかと思ったが考え直し、自分で河出書房のサイトを調べてみると、即座に正解の判らない数量の最新刊一覧と向き合う選択問題になってしまった。『不思議可愛いダンゴウオ』は違うだろうと思うくらいだ。それで河出書房のOさんに連絡したらアッサリと答えてくれた。初めからそうすれば好いのだ。正解は『マイルス・デイヴィス「アガルタ」「パンゲア」の真実』だった。難易度が高過ぎる。「答えだけではなく途中経過もお願いします」と、試験で不正でもしているような気分になった。

河出のOさんからは丁寧な説明も頂いたが、自分の個人的な興味もあったので、この長い書名の本を買って読んだ。なにかしら「伝説的な」と語られる人物や作品について、当時の関係者から証言を集めて回るような内容の本がわりと好きである。この類の本では、たいてい関係者の証言が互いに食い違うもので、さらには最もカギとなる人物がとっくに故人だったりするから、もうそうなると誰が真実を語っているのか定かではない。芥川龍之介の『藪の中』と変わらない状況が実際に現れるわけで、その本がそのまま不条理演劇かコントになる。マイルス・デイヴィスが伝説的存在であるのはもちろん、'75年の日本公演を録音したアルバム『アガルタ』と『パンゲア』も彼の伝説の一つとして語られるから、『マイルス・デイヴィス「アガルタ」「パンゲア」の真実』と聞いて、「これも藪の中ではないか」と期待した。

半村さんの話題とは、アルバムタイトルの『アガルタ』について、「半村良の『楽園伝説』から拝借して名付けた」と云うものだ。『楽園伝説』には地底の楽園「アガルタ」が登場し、当時それを読んだレコード会社のディレクターがアルバムタイトルに使ったと、当のディレクター本人が語っている。そんな縁で、アルバムのライナーノーツ執筆を半村さんに頼んだそうで、そのライナーノーツもこの本に掲載されている。「ライナーノーツ」と云う物証まであるならば、「伝説のアルバム『アガルタ』の名称は半村作品に由来」説に疑念を挟む余地はないと思うのだが、さらにこの本を読み進めたら、やはり話を「藪の中」的展開にする人物が現れる。『アガルタ』のジャケットデザインを手掛けた横尾忠則さんだ。「僕がタイトルは『アガルタ』でどうかと言ったんだ」と、著者の取材に横尾さんが淡々と語り出してしまう。

'70年代に流行ったオカルト的な話題の一つに「地球空洞説」があり、その地底の国が「アガルタ」と呼ばれ、首都の名前は「シャンバラ」だとか、さらにはUFOもそこから飛来しているなどと云う話を、小学生だった自分も知ってはいたし、何よりそんな話題の発信者の一人が横尾さんだった。だから、横尾さんが「僕がアガルタと名付けた」と語るのだけを聞いたなら、違和感もなく信じたと思うが、今回は半村さんのライナーノーツの存在を知った直後だ。ライナーノーツは半村さんだが、アルバムタイトルについては関係者の誰かの記憶違いだと捉えても、話は通る。ただ、その関係者の一人は「横尾忠則」と云う世界的大物だ。著者もそれを薄々は気にしたのだろうか、「本書は、真偽の検証を目的としたものではない」と横尾さんのインタビュー箇所に添えてしまう。「横尾さんがアヤシイ」と口を滑らせたようなものだ。しかしそうなると、この本の書名にある「真実」の語はどうすれば好いのか。著者すら巻き込んで藪の中である。

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