青いキンキラ ―アルマイトの栞 vol.77
また舞台照明の仕事を頼まれてしまった。今度はシャンソンのコンサートである。知っているようで知らないような、なんとも微妙なジャンルだ。とっさに思い出すのは越路吹雪の姿くらいで、それは殆ど偏見かもしれない。「エディット・ピアフも居るでしょ」などと怒られそうだ。何はともあれ、送られて来た当日の楽曲リストを見た。「何曲かは知っている」と思ったが、それはむしろ「思い上がり」だ。「この曲は知っている」とは、えてして「この曲のサビだけは何となく知っている」程度のことに過ぎず、それは「知っている」うちには入らない。つまり、しっかりと聴かなければいけないのだ、リストにある32曲ものシャンソンを。ベスト盤の価値が個人的に急上昇する。
コンサートの照明を担当するからには、それぞれの楽曲の持つ雰囲気を考慮するのは当然のこととして、出演者の衣装の色などにも配慮する必要がある。そしていま自分が直面しているのは、楽曲数と同じ数の出演者が居ると云う、信じがたい状況である。ほぼ全員が女性だ。「事前になるべく衣装の色などを教えて欲しい」と伝えていたので、楽曲リストの余白に、出演者それぞれ本人のものらしい手書き返答メモがある。「青いキンキラ」。どんな色でしょうか、それは。「ブルーグリーン」。はっきりしたイメージが持てなくなる。「黒い花柄」。見せてもらうしかないと思うのですが、『黒い花びら』は水原弘のヒット曲ですね。何の話だろうか。自分を混乱させる種を自分で蒔いたらしい。
「衣装の色などを」と、雑ぱくな尋ね方をした自分が悪い。こちらとしては、衣装生地の種類についても大まかに知っておきたかったわけで、それが「など」の部分のつもりだった。布は同じ光を当てても生地の種類によって見え方が変わる。光の反射が生地の種類によって異なるからである。見え方が違うのなら雰囲気も変わるのは当然なので、せめて「サテンの黒」くらいのことを知りたかったのだ。「黒いチャイナドレス」でもかまわない。「チャイナドレス」と書いてあれば、たいていサテン生地を想像する。チャイナドレスを着てシャンソンを唄うものなのかどうかは知らないが。
もし極めて極めて神経質になるならば、「ビロードの黒」だとしても織り目の方向で光の反射が変わり、結果として見え方も変わる。舞台で使うビロード生地の黒幕が、真っ黒に見える場合と僅かに赤みを帯びた黒に見える場合があって、それは生地の織り目方向の違いが原因である。指摘する人が居なければ気にならない程度のことではあるけれど、仮に二つを並べて同時に見るようなことがあれば、いやでも気付く違いがある。
今回はそれほどまでに神経質になる必要はないし、本番一週間前のリハーサルで衣装の実物を見せてもらえば済む話である。そこで「青いキンキラ」の正体を確認すれば好い。しかし、実物を自分の目で見ても、それを別の誰かに伝えるときに困るようなシロモノだったりはしないだろうか。「で、結局どうだったの?」「青いキンキラだった」。話にならないと思う。照明の助っ人を一人頼んでいるのだが、彼にもリハーサルに来てもらったほうが好さそうだ。そして二人で口々に云うことになるのだろうか。「青いキンキラだったよね」「そうそう、もうほんとに青いキンキラでした」。まるでUFOの目撃談である。
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