アンテナに訊き、人に訊く ―アルマイトの栞 vol.70
極めつきの方向音痴だと充分に自覚し、それを公言して憚らない自分なのに、またろくに地図も確かめないで出掛けて迷子になった。下北沢は危険地帯だ。学生の頃からうろついて、その度に迷子になった街なのに、同じことを何度繰り返せば気が済むのだろうか。事前に中途半端な地図の見方をしたのが更に宜しくない。「線路を挟んで本多劇場の反対側。近所に郵便局の在る場所」。一ヶ月ほど前にぼんやりと眺めた地図の、おそろしいまでに茫漠とした記憶だけだ。そんな状態で出掛けて行くのは無謀の極みだが、「いざとなったらアンテナに訊けばいい」と、ワケの解らない信念が背中を押した。
「衛星放送のアンテナは南を向いている」。そう教えてくれたのは十数年前に乗った深夜タクシーの運転手だ。「夜中は太陽がアテに出来ないからねえ」と呟いたその運転手は、更に付け加えて教えてくれた。「八木アンテナってあるでしょ、魚の骨みたいな。あれの先端は東京タワーの方角を向いてるんですよ」。この運転手は方向音痴にとっての救世主だったのかも知れない。その人は深夜の世田谷で、当の本人も道に迷いながら、アンテナを頼りに僕を自宅まで届けてくれた。カーナビが普及していなかった頃である。
東京都内、もしくはその近郊ならば「南」と「東京タワーの方角」の二つを手がかりにして確かにおおよその位置を知ることが出来る。原理的には三角測量と同じである。とは云えですね、あまりに大雑把な位置探索ではないでしょうか。下北沢の駅から東京タワーまで、たぶん直線距離で10km程度だろうか。自分の目指す場所は下北沢の駅から400m足らずのすぐ近所である。もう一つの手がかりにいたっては漠然と「南」だ。どんな大海原に居るんだ、おまえは。日本で道に迷っている外国人に「メッカの方角は向こうです」と教えるようなものではないか。礼拝するつもりはないのだ。
そして案の定の迷子である。結局は人に訊くことになる。「ずいぶん離れた場所に居ますよ」と最初の人は教えてくれた。更に二人の人に道を訊きながら恐る恐る進み、ちょっとはアンテナを見上げたりして、目的地に到達した時にはかなりな時間が経過していた。ハッキリしたことは、下北沢の人々は親切だと云うことと、北沢郵便局がかなり有名だと云うことだ。
用事を済ませて駅に戻る時、「違う道を歩いてみよう」と、魔が差したとしか云いようのない考えが浮かんだ。すぐ近所の成徳高校から出てきた女子高生二人が、きっと駅に向かうのではないかと思って後を付けたのだが、途中で怪しいことになった。以前、駅の地下コンコースに繋がっている筈のデパートの地下街で迷子になり、学校帰りらしい女子高生二人の後を付けたらフルーツパーラーに連れて行かれてしまった。奴らは寄り道する生き物だ。信用してはいけない。下北沢の二人も、やはりまっすぐ駅に向かう雰囲気が無い。後を付けるのを中止しようと思ったら、来る時に通った道に居た。どうしたことでしょうか。
日々こんなことに時間を費やす自分をどうかと思うが、「地球の外にも出てみたい」などと己を顧みない考えを持ったりするので厄介である。その場合、アンテナはともかく「方位」はどのようなことになるのか、そろそろ誰かが決めておくべきである。それ以前に、どっちが「上」でどっちが「下」なのか。
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