備品には予備 ―アルマイトの栞 vol.19
いろいろ事務的な仕事もあるので、銀行だの郵便局だのにも行かなければならない。いずれも徒歩10分圏内なので、散歩気分で出掛けるのが常である。大抵はそのついでに何か個人的な買い物をしたり、行きつけのカフェで珈琲を飲んだりして戻って来る。出掛ける前に用事の確認をして、時にはメモなどを書いて、抜かりの無いように出掛けるわけである。今日はプリンタのブラックインクが切れてしまったが、ここでも抜かりは無い。予備のカートリッジはまだ二つある。「さすがだ」と自分を褒めてみたりする。そして郵便局をはじめとして幾つかの用をするべく出掛けたのである。
郵便局で封書を速達で出し、コンビニに寄ってコピーを取り、それから銀行へ行き、帰りに書店で『Mac Fan』などを購入して、まあ小一時間は近所をうろついて戻って来た。そして帰宅したらMacを起動して諸々の仕事に取りかかれば好い。BGMはiTunesに入れてしまったし、これも完璧だ。ゴルゴ13のように完璧な行動である。思わず「用件を聞こう」とか口走りたくなる。
戻って仕事をすべく卓上ライトを点灯。で、「パチッ」と音がして電球が切れた。出掛ける前は点灯してたじゃないか、なんでいま切れるんだ。トイレや玄関で使う60Wのシリカ電球の予備はある。しかしこの卓上用のゼットライトは60Wのレフ球で、駅前のN電器に行かないと手に入らない。さっき店の前を通ったばかりだと云うのに。こう云う特殊な電球に限って予備の無いことを後悔するが、もう一度駅前まで出掛けて行く気にはならない。なんだか不愉快である。なぜ出掛ける前に切れないのか。ワザとやってんのか、レフ球。
こう云うくだらないことで、過去に何度イヤな思いをしたことだろう。美大や建築学科出身者ならわかってもらえると思うけど、随分泣かされたのはインクをボンベで吹き付けるエアブラシだ。明日の朝には提出しないといけない課題にエアブラシで仕上げをしていて、明け方の4時頃にインクが無くなったりするのである。「セブンイレブンには無いよな」と思い、結局はペンを握って「エアブラシ風に」仕上げると云う、何だか本末転倒なことをよくやっていた。
舞台を創る作業でも同じようにバカなことをやっていたものである。舞台で使う音楽や効果音を編集してテープに落とす作業を音響担当者と二人でやっていた。相手の家に出向いての夜中の作業である。何がどうだったのかは正確に覚えていないが、何かの音源を4トラックのレコーダでテープに落としていたのである。デジタルではないところが時代を感じさせる。すると、幾つかのテープを作っているうちにカセットテープが無くなった。「もうテープ無いの?」「無いね」。たかだかカセットテープが一本である。しかしそれが無い。近所にコンビニも無いような場所に住んでいる音響担当者が恨めしくなったものだ。
なぜかモノを創る人間は夜中に作業をする種族が多いようで、それなら諸々の備品の予備は常に備えておくべきだと思う。しかし、電池が無かったり、テープが無かったりして夜中の作業は中断し、「どうしようか」と相手は考え込みながら煙草を吹かしている。煙草をカートンで買う気遣いをする前に気を遣うことがあるのではないか。それとも、電池が無くなると禁断症状の出るような体質になったほうが好いのか。
予算計画と備品購入計画は事前にしっかり立てておくべきなのである。特に消耗品は要注意だ。だが不思議なことに、これほど事前にわかっていながら、いざ実現しようと思うと難しい事柄なのである。現に「何度もイヤな思いをした」と云っている自分が、相変わらずイヤな思いをしている。アタマのどこかで「買い過ぎたらもったいない」と云う貧乏根性が働くせいだろうか。そのクセ、無駄な買い物は随分しているのである。多くの劇場で、年に一度使うか使わないかと云う高価な備品を買っている。その一方で日々の消耗品を切らせていたりすることも時折は目にするわけで、そうかと思えば年度末の予算消化のために「鉛筆を1000本購入」なんて話も聞いたことがある。意味のわからない行動だ。鉛筆を1000本も消耗することを考えるほうが大変だと思うけどな。みんなで鉛筆を削る練習でもしようと云うのか。
1000本の鉛筆を届けられても迷惑このうえないが、ともかくは「レフ球」だ。明日は絶対に買いに行くぞ。仕事場の半分が暗いんだ。缶ビールの予備とか云ってる場合ではない初夏である。
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