Tetra Logic Studio|テトラロジックスタジオ

建築・舞台芸術・映像を中心に新しい創造環境を生み出すプラットフォームとして結成。プロジェクトに応じて、組織内外の柔軟なネットワークを構築し活動を展開。

小さな紙片 ―アルマイトの栞 vol.186

持ち歩かなければいけないIT機器の類が小さくなったり、薄くなったりすることは、不要なモノまでカバンに入れて出掛けがちの自分みたいな者からすれば嬉しいけれども、機器の小型化につれて、その取扱説明書も小さくなる状況は、どんな狙いがあってのことなのかと思うわけで、あまりに小さい取扱説明書を紛失させそうな不安に悩まされ、室内であろうと足許に落とせば、知らぬ間に掃除機で吸い込む恐れもあり、どこが安全な保管場所なのか考えていたら、靴のヒール部分に収まりそうなサイズだと気付き、きっと多くのスパイも同じ悩みから靴のヒールの中に暗号文をしまおうと決めたのに違いない。

取扱説明書が小さくなるほど、そこに書かれる文字も小さくなり、1.5ミリ角の文字で埋め尽くされた小さな紙片は、暗号文を混ぜられたとしても気付く者の居ない可能性すらあり、先ず、この極小の取扱説明書を通読する者が何人くらい居るのかと思う。読む者が滅多に居ないのをイイことに、「初めて電源を入れたときに表示される初期設定画面に従って、」の続きが「私は思わず笑いかけたが、その笑いは私の顔面筋肉に凍り付いたまま動かなくなった。」だったりしないか。だしぬけに夢野久作の『ドグラ・マグラ』が混ざる取扱説明書だが、どうせ混ぜるなら、『大唐西域記』とかにしてくれると、読んだことがないので、嬉しい。

通読する者など居ないのではないかと思ったがゆえに、その取扱説明書をアタマから最後までシッカリ読んでみようと考える自分が居て、一字一句も飛ばさずに読み通してみたものの、延々と、たいしたことではない事柄が書いてあり、それは例えば、「水に濡れた手で操作しないでください」だとか「USB接続端子にホコリなどが入らないよう、カバーは確実に閉めてください」だとか「本書に記載している会社名、製品名は、各社の登録商標です」だとかで、つまらないと思ったら、最後に不意打ちされた。「詳しい機能の説明は、本体内で利用できる『取扱説明書』をダウンロードして御参照ください」。この小さな紙片の取扱説明書は、オトリだったのだ。

もしかすると、この最後の一文が「指令」なのではないか。あえて暗号化せず、平文のまま指令を混ぜる高等テクニックで、そう判断する理由は、この小さな紙片を通読しないかぎり、最後の一文には誰も気付きようがないからだ。1.5ミリ角の文字群をキチンと読み通した者だけが、「作戦の第2工程」への移行を許されるのだと推測し、それで指令に従い、「本体内で利用できる『取扱説明書』をダウンロード」してみた。それは220ページにも及ぶファイルだったが、これを順番に見ていけば、更に次の工程への指令が与えられるはずだと画面をスクロールして進むと、5ページ目で必ずフリーズしてしまい、ここを突破する合い言葉だか隠しコマンドだかが判らないまま、もう三週間である。

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