ダメ出しが遭難 -アルマイトの栞 vol.175
「照明を担当して5回目かあ」と思う鈴木一琥さんのダンス公演『3.10 10万人のことば』が約一週間後に本番である。いつもは三月に入ってから会場のギャラリー・エフへ通う日々が始まるのだけれど、今年は本番の約一ヶ月前からエフへ通うことになり、それと云うのも、一琥さんが二月下旬から本番の三日前まで国外逃亡するからで、当人が逃げる前に可能な限り準備をするべきだと誰もが考えたわけだが、これが思うように進まず、大雪に阻まれ、誰かが風邪をひき、自分も風邪をひき、なぜだか稽古日が消え、睡魔に襲われ、とにかく二月はダメな月だ。それで他の生き物は冬眠するのではないのか?。見ならうべきだと思う。
公演で使う音源だけは二月初めに完成版のデータを受け取り、iTunesで聴こうと思っていたら大雪が降り、自宅へ引き籠もって音源を聴く前に屋外から誰かが雪掻きをする音が聞こえてしまい、手伝わなければ悪いような気がして外へ出たら、雪掻きがトッテモ愉しく、雪が降り積もるたびに何度も雪掻きに出て、気付けば近所の子どもと一緒に雪ダルマや鎌倉を建設している始末である。この時点で、音源を聴くことを失念している。ダメじゃないか。しかも、自分にとってはモノ珍しい「雪掻き」が、自分のテンションを誤った方向へ誘導し、自宅に戻ってMacを起動するなり、AmazonでDVDボックスやCDボックスを衝動的に注文したうえ、その後はYouTubeにウツツを抜かすダメぶりだ。
そんなことではイケナイと、心を入れ替えつつある中で風邪をひいた。体調が持ち直してきたら、また大雪が降り、雪掻きの誘惑に再び捉えられたが、どうしても近所へ外出しなければならない用事があったので、まだ誰も雪掻きを始めていない道を恐る恐る歩いて駅の近くまで到達し、用事を済ませてサッサと帰宅すればイイものを、何を血迷ったのか、そのまま電車に乗ってタワレコを目指す雪中の冒険を開始し、タイヤにチェーンを巻いたバスでさえ立ち往生している光景を脇目にタワレコまで踏破して、そうなると「登頂記念」のような気分でCDを衝動買いする。帰宅したら、風邪をぶり返し始め、また寝込み、寝ながらCDをヘッドフォンで聴いていたが、公演の音源を聴く行為が行方不明だ。
そして、今さらながら気付くのである。「寒いと眠くなる」。自宅でも仕事場でもギャラリー・エフでも、寒いと眠くなる自分を発見し、冬山遭難でもしたなら、真っ先に絶命する。最も寒い二月にエフへ籠もるのが初めてだったことにも気付き、エフは築146年の土蔵なので、ひときわ寒く、公演関係者が揃って厚着のまま作業し、ふと「標高8千mを超えると簡単な足し算さえ出来なくなる」とか云う話を思い出すものの、それは酸欠であって、土蔵とは関係無く、そもそも自分が考えるべきは公演の照明であり、高所登山の豆知識など一切不要だが、アタマは「照明を担当して5回目かあ」とボンヤリするばかりで、ヘタをすると脚立の頂上で照明器具を持ったまま眠って氷ってしまうかもしれない。
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