小説バンド ―アルマイトの栞 vol.134
だしぬけに、何の脈略もなく、しかも一人で部屋の片付けをしているときに、「今も『人間椅子』ってバンドは活動してるのだろうか」と思う自分が、心配である。どこから舞い降りてきた疑問なのか判らないまま、片付けを放り出し、別冊太陽『日本のロック50’s~90’s』を開いた。彼らが音楽的に、どう位置付けられていたかを思い出せなかったからだ。本の殆ど最後の、'90年前後のページに小さな写真付きで、『人間椅子』の短い解説がある。「江戸川乱歩の小説を題材としたおどろおどろしいハード・ロック・バンド」。それはそうなのだが、もう少し音楽性に触れたらどうなのか。『人間椅子』と聞いて、乱歩の短編以外に心当たりのある者が大勢居るなら、不安だ。
彼らの曲をそれほど聴いていたわけではないが、そんなに「おどろおどろしい」とは思わなかった。むしろ、リリカルな曲調のロックで、しかも演奏がむやみと巧い人たちだと思っていた。それでもやはり、「乱歩好き」が彼らのファンになっていったのだろうか。その逆の事例もあり得る。つまり、バンド『人間椅子』のファンになって、初めて乱歩を読み、夢中になるケースだ。可能性は有るものの、実証するのは困難である。あのバンドが世に現れた'90年頃の、書店売り上げデータでも入手するほかない。深夜の音楽番組で彼らが奇妙な注目を集めていた時期に、密かに東京創元社あたりの景気が好かったとしたら、間違いない。人目に触れずメディアミックスとやらを展開していたことになる。
それなら、半村良作品の表題を名前に付けたバンドの結成にも望みは有り、では、どの作品名が好いかと、多量の作品表題を半村良公式サイトで眺めてみる。『人間狩り』。明らかにデスメタル系だ。そしてインディーズに違いない。考えものだ。『不可触領域』。ロックだとしても、アルバムを出す度に「自主回収」「発禁」とか云う騒動を起こしそうなバンドなのじゃないか。却下である。『夢中街』。ロックバンドで、しかも歌謡曲路線でヒットしそうな気がする。とは云え、その発想が'80年代だ。ロックから離れよう。『忘れ傘』。どうも、'68年頃のフォークっぽい。『回転扉』。何の根拠も無いが、絶対に男女のフォークデュオだと思う。それも'70年代前半の、だ。2012年にデビューすべきではない。
大胆に『となりの宇宙人』で勝負かと考えたが、この御時世にニューウェーブ系テクノバンドになる危険も有り、それは'80年代のヒット曲『ジェニーはご機嫌ななめ』に倣って、デビュー曲が『宇宙人はしんみりする』だったりした場合だ。今だとPerfumeに喧嘩を売ることになる。勝ち目は無い。それならば、『二〇三〇年 東北自治区』を『THJ2030』とかにして、例の、アノ、二十歳前後の女子の大勢居る、何チーム存在するのかも既に判らない気のするアレに、ドサクサで紛れ込んでしまえば好いのじゃないか。メンバーを途方もない人数にしてしまえば偽装も出来そうで、知らん顔で尻馬に乗って売りまくり、けれど、いつの間にか「バンド」ではない。考え方の出発点で、自分が時代を見誤っている。
Comments