Tetra Logic Studio|テトラロジックスタジオ

建築・舞台芸術・映像を中心に新しい創造環境を生み出すプラットフォームとして結成。プロジェクトに応じて、組織内外の柔軟なネットワークを構築し活動を展開。

消す方法 ―アルマイトの栞 vol.114

西新宿の界隈を、映像作家のOさんと一緒にカメラを持って歩き回った。半村良さんの『高層街』の物語に沿って歩き回ったのだ。『高層街』は1980年11月の西新宿を舞台にして始まる。半村さん本人と思しき小説家が、開業二ヶ月後のハイアットホテルに長逗留して原稿を書いている状況設定で、なにせ表題が『高層街』だから、ハイアットから見える高層ビルの名前が目白押しに登場する。ハイアットを扇の要に、北東方向の野村ビルから時計回りに南のNSビルまで、8棟のビル名が並ぶ。その光景を、作品と同じように撮影してみようと出掛けたわけだが、困った。ヒマな人は地図を見て欲しい。高さ243mの都庁が邪魔だ。コクーンタワーはセンタービルの向こう側なので、見えないことにした。

1980年11月の西新宿に都庁舎が建っていては困るのである。撮影した光景から、都庁舎を消したい。Oさんと二人で、思考回路が「特撮」になった。そして二人揃って口走った。「都庁の展望台に登ろう」。お前たちはトンチ彦一なのかと云う解決策である。たしか、作家のモーパッサンが、完成したばかりのエッフェル塔を毛嫌いし、その姿を見ずに済むからと、エッフェル塔のカフェに通ったとか云う逸話があり、世間一般にはこれを「ウィットに富んだモーパッサン」として受け止めていたりするが、そんなことはない。モーパッサンもトンチ彦一なのだ。モーパッサンにせよ特撮の人々にせよ、同じトンチ者で、その振る舞いがトンチ噺として流布しないのは、誰も殿様から褒美を貰っていないからである。

ともかく、都庁舎の展望室から高層ビル街を撮影すれば、都庁が映り込むことは避けられる。すると、やはり気になるのはコクーンタワーだ。「見えないことにしようよ」とOさんと二人で合意したところで、カメラはその合意に加わってくれはしない。以前、Photoshopのマニュアル本を眺めていたら、「邪魔な看板を消す」と云う作例があった。神社の鳥居を撮影した写真があり、その鳥居の片方の柱に「足もとが滑ります」と書かれた看板が立て掛かっている。それを「看板部分を切り取ります。鳥居の反対側の柱を反転コピー。看板は消えました」と解説しているわけだが、撮影時に看板を移動すれば済む話ではないのか。だが、高さ200m超のコクーンタワーを撮影時に移動することは、たぶん無理だ。

そうなると、こう云う時こそ「コクーンタワーを切り取ります」の手法が役に立つのではないかと思うのだが、では、その切り取った部分を何で埋めたら好いのだ。まさか「センタービルを反転コピー。コクーンタワーは消えました」と云うわけにはいかない。よく判らない光景が現れるだけだ。手前にある京王プラザホテルを、こっそり縦横方向に部分コピーの繰り返しで延ばして背景を塞ぐのはどうだ。「どうだ」と云われても困るわけだが。結局、「撮影した後で考えよう」と問題を先送りにしたが、ふと、視点の高さが気になった。ハイアットは高さ120mで、都庁舎の展望室は202mだ。どう考えてもハイアットからの眺めではない。この点は、誰から詰問されても「空撮です」と云い張り続けよう。

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