因果関係に悩む ―アルマイトの栞 vol.106
去年の3月が終わる頃、ダンサーの鈴木一琥さんが新しいダンス作品『龍の声 ~Voices of Dragon~』の企画を持ち掛けて来て、それがいつの間にか本番の約一ヶ月前になっている。公演は9月23日(金・祝)の19時で、上演会場は第五福竜丸展示館。江東区の「夢の島公園」内に建つ、トラジャ族の舟形屋根住居を巨大にしたような建物である。保存展示されている第五福竜丸を覆っただけの空間だ。いつものことながら、一琥さんが選ぶ上演会場はこちらのアタマを悩ませるシロモノだが、しかし公演日も会場も去年の3月には決まっていたわけで、ボンヤリしていた自分が悪い。ただ、突如として作品のコンセプトが大幅変更になったのも事実で、それは原子力発電が悪い。
鈴木一琥さんの作風を考えれば、「第五福竜丸と一緒に踊る」と彼が口走った時点で、作品のコンセプトは概ね了解出来た。けれども当初、まさか「各地の放射線量」などと云う情報が天気のように報じられるSFまがいの日常が訪れようとは思ってもみなかったわけで、しかし実際にそんな世の中になってしまったからには、この状況が第五福竜丸と無縁で居られるわけがない。何の因果か偶然か知らないが、余りにも嬉しくない放射性物質との巡り逢わせだ。鈴木一琥さんが招き寄せた不運なのか、自分が呼び寄せた不運なのかとウッカリ妙なことを考えたら、気になることを思い出した。十年以上も前に、やはり似たようなことがあった。一琥さんと知り合う遙か遙か以前のことである。
1999年10月、自分が首謀者の集団「Cheap Thrill」で上演した作品は『貝とウラン』と云うタイトルだった。このタイトルを付けたのは自分なのだが、「作品タイトルはただの記号」としか考えていないので、とくに深い意味など込めて名付けたわけではなかった。正直に白状すれば、ある誤植を目にして思い付いただけのフレーズで、ホントに何の意味も有りはしないのだった。そうしたら公演の一ヶ月ほど前に、東海村辺りでウラン溶液が臨界状態になって中性子線が飛び出し、役者の一人が作品タイトルに強く難色を示して一歩も後に引かなくなってしまった。穿った見方をされるのは確かに自分も迷惑なので、『貝とウラン ~昼間ノ空ニ星ヲ見ツケルコト~』と、更に無意味な副題を付けた。
無意味な名付け行為であれ、ことによると吉凶を招来しているのは作品タイトルだったりしないか。そうだとすれば、今の社会状況で、例えば寺山修司の『疫病流行記』なんかを上演するのは考えものである。そして、今さらタイトルを変えるわけにはいかない『龍の声』が、そのタイトルゆえに奇妙な事態を招き寄せたりしないかと案じるのだった。「会場で音を出すと必ず鳴き龍現象が起こる」。それは迷惑このうえない。音響用語ではフラッターエコーとも呼ばれる現象だが、舞台上演の空間では厄介者以外のなにものでもない。そんな鳴き龍現象が、作品タイトルだけを理由に付いて回るとしたら、どうすればいいのか。今さら公演会場を日光東照宮の薬師堂に変更して誤魔化すわけにもいかないのだ。
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