アジフライ伝説 ―アルマイトの栞 vol.105
深夜まで営業しているスーパーの閉店近い時間は、総菜売り場になぜアジフライばかりが売れ残ったりするのだろうか。値引きシールを貼られてもなお売れ残って並んでいるのがアジフライばかりとなれば、こちらも選択の余地が無いので棚に近付く。アジフライの包装パックを一つ手に取り、ラベルを見る。「えびフライ」。自分が何を見ているのか判らなくなった。そこに並んだ全てのアジフライが「えびフライ」だ。何が起きたと云うのか。
レジに持って行けば店員が驚くなり詫びるなり、そうでなければ笑うだろうと予想する。だから、店員が何事も無いかのような表情で商品を売った事実は、コトをさらに面妖なものにする。店側には、何の不都合も無いらしい。この商品が「えびフライ」でなければいけない、のっぴきならない事情でもあるのか。ふと、「アジフライ」に「えびフライ」とラベルを貼ることが暗号だったりしないかと考えた。暗号だとすれば、発信者と受信者が存在し、しかも通信内容を部外者には知られたくないわけだ。深夜のスーパーを交信場所に選ぶとすれば、それは相互の接触すら秘密裏にする目的からで、ことによると、互いの「顔」を知ることさえ許していない可能性もある。秘密結社と呼ぶしかない。
すると自分は、身に覚えのない秘密結社の暗号文を手にしたのか。いや、暗号と決まったわけではない。ラベルの文字がローマ字入力であれば、「アジ」は「AJI」で、「えび」は「EBI」だ。単純な暗号だと、この6文字を並べ替えて何かしらのキーワードなり単文なりが現れそうだが、どうもそれを思いつかない。試しに、各文字がアルファベットの何番目なのかを書いてみる。「AJI」は「1、10、9」、「EBI」は「5、2、9」だ。それがいったい何なのかと思ったので、取り敢えず並び位置が同じ文字同士の数字を足した。つまり「1+5」「10+2」「9+9」で、それは「6、12、18」になる。6の倍数だ。「九九」で云うなら「6の段」である。やはり、暗号なのか。「フライ」の語も気になり始める。
あの店は「金曜日はフライの日」と、身もフタもない宣伝を繰り返しているが、そうなると「フライ」は「金曜日」だ。「6の段」と「金曜日」。店の近所に小学校があった。「6の段のテストが金曜日にある」。小学生の秘密結社だ。店員の不自然な振る舞いからすると、オトナを手先に使っている。そんな連中の暗号文を、知らないとは云え入手してしまった場合、えてして厄介な事柄に巻き込まれるものだ。見知らぬ小学生が訪ねて来て、「ボクたちと一緒に闘ってください」などと云いだしはしないか。「敵には二ケタの九九を暗唱するインドの小学生がいるのです」。異なる歴史文化圏の対立は半村良さん的な伝奇SFの展開だが、アジフライに選ばれて異世界に赴くほど、自分はアジフライの伝説など知りはしないのである。
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