Tetra Logic Studio|テトラロジックスタジオ

建築・舞台芸術・映像を中心に新しい創造環境を生み出すプラットフォームとして結成。プロジェクトに応じて、組織内外の柔軟なネットワークを構築し活動を展開。

気になる登場人物 ―アルマイトの栞 vol.102

たかだか180ページ程度の薄い文庫本を、どうかと思うほど時間を掛けて読んだ。いつ自宅の書棚に現れたのか定かでないマイケル・ファラデーの『ロウソクの科学』を、なんとなく鞄に入れたのは、たぶん今年の初めだ。半村良さん公式ツイッターのための半村作品読破作業や、それ以外の「読まなければいけない本」「読まなくてもいい本」の併読に紛れて、驚くほどノロノロと読んでいた。この本も、とくにいま読む必要はないが、なぜかそう云うものに限って熟読する自分である。本を持たずに出掛けた先で時間潰しに迫られると、珈琲店のレシートすら熟読してしまい、釣り銭をくれた店員の担当者番号に見入ったりする。十ケタの数字だ。総勢で十億人規模の店員が居るのだろうか。

それはともかく『ロウソクの科学』である。書名も著者のファラデーの名も理科の教科書で見掛けたが、読んだことはなかった。ファラデーは19世紀のイギリスの科学者で、「電磁誘導の法則」を発見した人として有名だが、と書いても何のコトやらで、つまりはIHクッキングヒーターの原理を見付けた人だ。そのファラデーが、クリスマスの季節に一般の人々や子ども向けに催した六日間の講演会記録が『ロウソクの科学』である。講演を記録したのは、やはり科学者のウィリアム・クルックスで、この人は「クルックス管の発明」で有名だが、と書いても何のコトやらで、つまりはブラウン管だの蛍光灯の元祖を作った人だ。この人の名前も理科の教科書で見掛ける。歴史に名を留める二人の科学者が主要登場人物の本だと思うが、どうにも気になったのは「助手のアンダーソン君」である。誰なんだ。

「講演会録」と云っても、これは聴衆の目の前でファラデーが実際に理科実験をやって見せながら喋っている記録で、その実験の内容はロウソクの燃える様子の観察に始まり、話を進めながら様々な物質を燃焼させたり、水を合成したりと、どれも小中学校の理科で経験するものばかりだ。とは云え、実験だ。助手が居ても不思議はなく、彼は二日目から登場する。「まもなく、助手のアンダーソン君が熱源をもってこられるはずです」。石油ランプを持って現れた様子で、最初はそれだけだが、徐々にアンダーソン君の役回りは危険になる。燃料の点火や、水素入りの瓶を運ぶのは序の口だ。銅に劇物の硝酸をかけたファラデーは「あざやかな色の赤い蒸気があがっております」と見せ、「しかし、この蒸気はありがたくない」と云い、「しばらくのあいだこれを、煙突の下までアンダーソン君にもっていっていただきましょう」と押し付けてしまう。それはたぶん二酸化窒素で、酸性雨の原因でもある。アンダーソン君は大丈夫か。

二酸化窒素の危険をくぐり抜けたらしいアンダーソン君は、次に電線を持たされていた。ファラデーはその電線に火花を飛ばして「電気信号」と表現し、水の電気分解を始める。その後、アンダーソン君は酸素タンクから引いた管をファラデーに渡すが、そこには水素もあり、ファラデーは「まぜて火をつけると爆発します」と云って、実際に小さな爆発を起こす。水素爆発である。アンダーソン君は無事だろうか。この四日目を最後に、アンダーソン君の姿は見えなくなる。五日目には「すべての物質の燃焼をさまたげる」窒素が紹介され、爆発の危険のない実験ばかり続いて六日目の楽日に至る。アンダーソン君は消えたままだ。脇役とは云え、登場人物がどこかへ消えてそれきりになると、主役よりもそちらが気になる。アンダーソン君がよその水素爆発を防ぐ使命に目覚め、窒素タンクを背負って旅立つ光景が浮かんだが、なんでいきなり物語になるのか。半村良さんの『ガイア伝説』と併読するから、妙な妄想に駆られる。

雑記 | comments (0) | trackbacks (0) | このエントリーを含むはてなブックマーク

Comments

Comment Form

Trackbacks