『玉手箱』稽古初日 ―アルマイトの栞 vol.43
4月1日の夕刻に、黒テントの『玉手箱』稽古初日があった。なにやら北風の強い日に神楽坂のtheatre iwatoまで出かけたのである。毘沙門天の桜が綺麗だなとは思ったけれど、この風の強い日に夜桜見物は辛いのではないかと、花見らしい人々を横目に歩いた。iwatoに着くと作者の坂口瑞穂さんが居た。台本の改訂作業に追われて居たのか、少し痩せたようだ。物書きって仕事は身を削る労働なのだな。
入校したての改訂台本を印刷、丁合する作業を待っているあいだに役者と少し話をした。黒テントに限ったことではないが、芝居をやってる連中って、普段の生活の糧はどうしているのか気になって訊いてみた。まあみんなバイトだってことは察しが付くけれど、あまり時給の高いバイトって出来ないのではないかと思っていたのだ。本番一ヶ月前なんてずっと稽古してるわけで、その間のバイトはみんな休んでたりする。生活は大丈夫なのか。そうしたら、意外なことにホテルの配膳の仕事は時給が高いらしいことを知った。知らなかった。結構な額である。そう云えば、僕の師匠である舞踏家の和栗由紀夫さんも当時はホテルの厨房で皿を洗ってたな。いざとなったらホテルだ。そうかと思えば佐藤信さんは伊豆の湖畔に土地を買って別荘を持っているそうである。どうなっているのか、この業界は。大御所が別荘なんか持つと若者は騙されてしまうよな。
小一時間ほど待たされて初の稽古。この日は本読みである。それにしても登場人物が25人も居るよ。当の作者本人すら忘れている登場人物が居る。役者の数が足りないから必然的に二役の人も居る。役名も「ある男」「ある踊り子」とかで具体的な名前ではないから、初見の役者は少し混乱している。初見だから台詞が棒読みになる人、初見でも感情表現が出来る人など、いろいろで面白かった。前にも書いたけど、この芝居は伝説のストリッパー一条さゆりの物語である。美術はエロティックなイメージで創ろうと思っている。「象徴としての女陰」とか「エロスの楽屋」が僕の中のキーワードになりつつある。
今回の公演で一つの事件は演出家が居ないと云うことだ。病気で倒れたらしい。だから、役者をはじめ、公演に関わる全員が演出をしていかなければならない。倒れた演出家には申し訳ないけれど、結果として関係者の連帯感は強まったようだ。僕も演出には口を出してしまうと思う。とは云え、スケジュールがタイトだ。みんな焦っている。でも面白い舞台にはなると思う。何せ物語の素材がいい。稽古が終わって坂口瑞穂さんと話をしたのだけど、この芝居を書くにあたって、いくつかストリップを観に行ったらしい。「今度は一緒に行こうよ」って話になった。午前中の舞台は安いそうだ。
出来上がったばかりのチラシを持っての帰路、飯田橋から地下鉄に乗ったら造園設計事務所を主催しているYさんに偶然会った。この寒い北風の吹く夜に神楽坂で花見をしていたそうだ。誰も冷たいビールには見向きもせず、誰かが持ち寄ったシチューばかりを食べていたそうである。日本人が花見にかける情熱はいかばかりのものなのか。漠然と夜桜のイメージが一条さゆりと重なった夜である。
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