舞台スタッフの心構え ―アルマイトの栞 vol.2
ある女子短大で教員をしている知人のOさんから久し振りにメールを頂いた。 舞台創りに興味のある学生のインターンシップ先を紹介して欲しいと云う。 最初のメールには「舞台設備系の会社を」と書いてあったのだが、「舞台創りに興味がある」と云うことは、むしろ劇場か劇団に出向いて現場で働く方が好いのではないかと思う。
舞台機構にせよ照明、音響にせよ、設備系のメーカは製品の設計・製作・施工しかしていないわけで、彼らが舞台作品創りの現場に居合わせることは滅多に無い。 そもそも、メーカの人って一部の例外を除いて笑ってしまうくらい舞台を観てない。 愉しいのは現場だ。 それなら世田谷パブリックシアターとか黒テントでも紹介してみようか。 タケモト君も居るからシアターXってのもあり得るか。
しかしねえ、厳しいぞ舞台の現場は。 若い新入りは仮にバイトであれ怒鳴られるのが仕事みたいなところがある。 あの「徒弟制度」的な旧態依然とした世界もどうかと思うが、現実にそうなのだから仕方が無い。 ある知人の舞台関係者から聞いた彼の駈け出し時代の話。 劇場で仕込み作業をしていた最中に先輩のスタッフから「黒ガムテープを持ってこい」と云われた。 彼はテープ類の置いてある場所に行ったのだが、あるのは白ガムテープばかりである。 先輩のところに戻って彼はこう云った。 「黒ガムテは無いんですけど」。 すると先輩。「誰が有る無いを見てこいって云ったんだよぉ、持ってこいって云っただろっ」。 彼は自分の財布を掴んで劇場の外へ飛んで行った。
僕も舞踏のカンパニーに居た頃、似たような経験を随分した。 カンパニー主催者夫婦の痴話喧嘩の八つ当たりまでされる始末である。 どうにも理不尽で仕方が無かったが、つまりはそう云う体質の世界なのである。 「怒鳴られて仕事を覚えろ」「怪我して覚えろ」ってことなんだろう。
けれども昨今の劇場でそれはマズイと思うのだよ。 吊り物用の単管バトンにしたって、分速120mくらいのスピードは出せるのである。 秒速にしたら2mである。 そんなものが完全暗転の真っ暗闇の中を音一つたてずに下がってきたりするのが今の劇場だ。 「怪我をして覚える」どころか「死んで覚えろ」って話になってしまう。 仕込み作業中なら安全帽の着用とか作業灯の点灯をしているけれど、本番中の役者に安全帽を被せるわけにはいかないじゃないか。 舞踏に至っては、ダンサーはほぼ裸体だ。 山海塾のダンサーに「安全帽を被って踊ってください」なんて云えるわけがない。 ただでさえ危険な場所で、敢えて裸で危険なことをしているわけである。
幾つかの意識有る劇場では安全教育に力を入れているようだが、業界全体の体質として見れば相変わらずの徒弟制度が蔓延している。 きちんとした教育プログラムが必要なのだろうが、体系的に旨い教え方の出来る人間が少ないことも事実である。 カリキュラムの有無が問題なのではなく、むしろ人の問題だ。 そんな場所に何も知らない女子学生を放り込むのは人掠いと拐かしの所行だが、本人が勝手に望んだことなのだから仕方がない。
と云ったわけで、まあ学生君、未知の世界が待ってるよ。 二日酔いで脚立の天板に立ったりするオジサンを見習ってはいけないぞ。 脚立の天板にはシラフの人だって立ってはいけないのだから。
Comments
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ごめんなさい。
日本人ではなくても日本の舞台で働くことは可能だとは思いますが、舞台の世界に独特の言葉づかいは少し壁になるかもしれません。日本人ですら最初は意味のわからない特殊な言葉が多いですから。
世田谷パブリックシアターなどでは舞台スタッフの養成プログラムもやっています。そんなところからスタートして、人とのつながりを増やしていくのもよいかと思います。
幸和紀さんのこの文が読んでました。
舞台のFIELDをホントに厳しいなって感じました。
私香港人ですけど日本で舞台の仕事をしたいです。でもやっばり日本人じゃないはだめですかね><