Tetra Logic Studio|テトラロジックスタジオ

建築・舞台芸術・映像を中心に新しい創造環境を生み出すプラットフォームとして結成。プロジェクトに応じて、組織内外の柔軟なネットワークを構築し活動を展開。

サイン探偵団 ―アルマイトの栞 vol.15

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一昨年、いろんな経緯があって劇場の中にある諸々のサインを調べて回った。サインと云っても有名人のサインではなくてですね、トイレのサインとかそう云うやつ。ピクトグラムや文字のサイン、スタッフの貼った貼り紙やらテプラの注意書きまで調べて回ったのである。まあ少し堅い云い方をすれば「劇場におけるサイン表示の標準化の研究」と云うわけで、つまりは劇場のサイン計画の話である。遠くは富山まで出掛け、全部で8つの劇場を回ったのだが、何だかトンデモナイことに手を染めたものである。開けてはいけない箱のフタを開けた気分。僕が手を出す研究テーマはいつだってこうなるのである。

しかしこんなことに手を染めてのめり込んでいくうちに、気が付けば「サインマニア」になってしまった。調査は家政学院の卒論生と助手のY先生の協力で進めたのだけど、いつの間にやらこのチームは「サイン同好会」の様子になっていて、劇場ではない場所でも面白いサインを発見したら写真に収めて見せ合う状況になっていた。「サイン考現学」とでも云うような。Y先生に至っては「ピクトグラム歌留多を作りましょう」と云い出す始末。ともかく僕等はみんなビョーキになってしまったのだ。劇場の調査でも、いったいこれはサインとしてどうなのかと云う貼り紙の類にまでカメラを向けていた。写真は既に1,000枚を優に超えている。

そんな折にY先生が見付けて教えてくれたのがドイツの出版社TASCHENから出ている『1000SIGNS』と云う本である。世界中の様々なピクトグラムのサインを収めた写真集なのだが、これを見るとつくづくピクトグラムはその文化圏の文脈上で理解が成立しているのだなと思う。例えば、日本の高速道路に鹿や狸のピクトグラムをあしらった「動物注意」のサインがあるけど、これが蚊だったらどうか。そこがマラリアの危険がある地域であると知らなければ何のことやら解らない。カリブ海辺りの国に「ローソク」「葡萄酒のボトル」「仰向けのカラスの死骸」のシルエットに禁止サインによくある斜線が引かれたサインがあった。ブードゥー教が未だに民間信仰として残る地域である。で、このサインは「人を呪ってはいけません」。どんな場所なんだ。日本や欧米では女子トイレのピクトグラムにスカート姿の女性のシルエットが使われているけれど、女性がスカートをはかない文化圏では当然このピクトグラムは通じない。違うデザインになるのである。

そもそもピクトグラムを予備知識無しに正確に理解できる保証と云うのは無いように思う。ピクトグラムの元祖であるアイソタイプの開発理念と云うか理想には申し訳ないけれど、ピクトグラムはいくらでも曲解出来るのである。子どもの頃の話だけど、歩行者用信号機のある横断歩道で信号が青になった途端、隣に居た見ず知らずのお婆さんがつぶやいた。「女はいつ渡ったら好いのかねえ」。確かにあのピクトグラムは男だよなあ。こうなるともう文化圏がどうとかと云った話ですらなくなる。ピクトグラムの理想は「教育や予備知識が無くてもその意味を理解出来る」なのだが、どう考えても無理だと思うわけだ。

当初は「劇場におけるサイン表示の標準化」なんて云う目標を掲げてスタートした調査だったのだが、そんなこんなで「標準化は無理だろうなあ」と云う想いにとらわれ、結局の所あまりきちんとした研究成果も発表せず、僕等は「サイン探偵団」を名乗って遊び始めてしまったわけである。そしてつい数日前になってコレを見付けてしまった。上には上が居たのである。いま、チョット悔しい気分だ。でもたぶん、この人たちは僕等と趣味を共有できるな。いや、僕等も「サイン探偵団」として何か成果を発表していこうと思う。何も発表先は学会だけではない。「サイン探偵団」拡大の為、目下メンバー募集を企むワタクシである。初心者歓迎。誰か居ませんか?

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