立ち入りたいが ―アルマイトの栞 vol.164
YouTubeで公開を始めた舞踏家の細田麻央さんの動画公演『galacta』は、シリーズとして公開を予定している全ての動画の編集が終わっておらず、とにかく編集作業を急ぐべきだが、実は、もう一回だけ追加の撮影をする必要まであり、その撮影場所は、今年の春に麻央さんたちと歩いたロケハンでの候補場所から決める話になっており、その場合、自分一人だけが立ち止まって写真に撮った立体駐車場を、「ここ、候補だったよね」と提案して好いものか悩む。なぜだか立体駐車場にトキメキを覚え、しかしロケ地とする際の問題は、麻央さんたちへの説得ではなく、「ここで遊んではいけません」と書いてあったことだ。
「ここで遊んではいけません」と書かれた場所ほど、遊びたい誘惑を抑えるのは困難に決まっており、つい立ち入ってしまうものだが、もし誰かに咎められたなら、「遊んでるんじゃないのです。仕事なのです」と返答すれば好い。子どもだったら、そうは云えまい。「仕事なのです」は、オトナにだけ許された特権的な台詞である。さらに現役の大学生を一人でも巻き込んでおけば、「引率です」と云う無敵の台詞が使用可能になり、大抵の場所に堂々と立ち入ることが許される。過去に実際、「引率です」と称して一人の学生を連れ、一般の見学行為を断っている場所に何度か入った。「この学生の卒業が懸かってて」とか口走り、ロクなものではない。
つい先日も、友人と街を徘徊し、二人で立体駐車場に魅入られ、カメラを手に立ち入ったが、これは手強い立体駐車場だった。「遊んではいけません」などと云う生ぬるさではなく、「不審者を見かけたら110番」と云う鉄壁の台詞が、真新しいピクトグラムを伴って幾つも掲示してあった。そのピクトグラムに描かれた不審者は、あからさまに「悪人」らしいのだが、ハンチング帽を被り、真っ黒なサングラスを掛けている。いつの時代の「悪人」だ?。しかも手にはバールまで持ち、バールの所持が「悪人」の象徴ならば、自分も含め、舞台関係者の多くは「悪人」だ。ふと、「舞台の仕込み作業を抜け出て、腰にバールをさげたまま銀行に入ったら警備員に囲まれた」と云う知人の体験談を思い出した。
いずれにせよ、「不審」の判定基準は多様だから、むしろ、この場合は「堂々と遊んでみせる」ほうが安全な気もするが、そうなると写真撮影すら出来ず、ホントに「遊んでる」になってしまう。映像の撮影など、到底ムリだ。「遊んでる」にもならず、「不審」にもならずに立体駐車場で細田麻央さんの映像撮影を敢行する方便はないものかと、あらためてロケハン時の写真を見つめて考えを巡らせた。近隣の誰かが、何かモノ云いたげな雰囲気で近寄ってきたら、相手が一言も発しないうちにスタッフ全員で麻央さんを指差し、「彼女は1.5トン以下ですから」と高らかに宣言するのはどうか。スタッフ全員が麻央さんに蹴り倒される危険だけは、確実に高まる。
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