Tetra Logic Studio|テトラロジックスタジオ

建築・舞台芸術・映像を中心に新しい創造環境を生み出すプラットフォームとして結成。プロジェクトに応じて、組織内外の柔軟なネットワークを構築し活動を展開。

読書の始まり ―アルマイトの栞 vol.16

最近、何人かの人から「Tetra Logic Studioはいろんなことをする会社なんですね」と云われた。そうなんです。いろんなことをしてるんです。で、どうやら今度は本の装丁である。この春まで家政学院にいらした建築史家のM先生が本を出されることになって、その装丁をやらせてもらえそうな話になっている。装丁と云う仕事も以前から興味を持っていたので、嬉しい限りだ。Tetra Logic Studioで担当した装丁の本が書店に並ぶのなら何だか小躍りしたくなるじゃないか。

だがその一方で気になるのは、本を読む人ってのは増えてるんだろうか、減ってるんだろうかと云うことである。正直なところ、減ってるのではないだろうか。書店はどこも経営が苦しいらしい。amazonのようなネット書店のせいかなとも思うけれど、それでは出版社も苦しいと云う話の意味が解らなくなる。やっぱり読書人口は減っているのかもしれない。少なくとも家政学院で学生と話をしている限り、これは実感である。

僕の授業で、仮設劇場を計画する課題を毎年やっている。3年生の授業である。で、漠然と「仮設劇場」と云っても面白くないし、学生が考える手掛かりも無いので上演台本を指定することにしている。サミュエル・ベケットの『ゴドーを待ちながら』である。御存知の人も多いかと思うが、『ゴドーを待ちながら』は登場人物も5人だけで、素直に戯曲を読む限りではほとんど舞台転換の必要の無い二幕ものの芝居である。だから学生が空間を考えるうえでもやりやすいだろうと思って選んだのである。本当は『オイディプス王』とか、やってみたいんだけどね。まあ、でも『ゴドー』なんである。で、毎年のようにこの課題をやってきた。

異変が起きたのは今年である。学生から「本を読んだが難しくてサッパリ解らない」と云う声が挙がった。とにかく素直に読めば好いものを、なにか穿った読み方でもしたらしい。いや、それ以前に「普段は全く本を読まないんです」と云う学生だったのだ。う~ん、そりゃあチョット難しかったかもしれないねえ。と云うわけで、僕としては本意ではないのだけど、急遽、本を変更することにした。課題提出までに時間も無かったので、もうその場の思いつきである。戯曲ではないのだが、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』か、芥川龍之介の『河童』の、どちらか好きな方を選べと指示をした。

学生に「読め」と云ったからには、僕自身もストーリーの詳細を思い出しておかなければならない。そんなわけで、かなり久し振りに『銀河鉄道の夜』と『河童』を読み返したのである。で、思ったこと。これはこれで「難しい」って声が挙がるのではないか。宮沢賢治の作品と云うのは、その宇宙観や生命観において奥が深い。「童話」と云う位置付けであっても、実のところかなり難解なのである。あまり深読みしなければ、あくまで『銀河鉄道』は童話なのだが。芥川の『河童』も、あらためて読み直して思い出した。これは、晩年の芥川の、自己を投影した登場人物(登場河童)が出てくるのである。「晩年の芥川」と云うのがポイントで、つまりは精神的にだいぶ病んでいる芥川の自己投影だ。彼の晩年の手記なんかを読んでいれば合点がいくのだが、まあやっぱり難解かもしれない。

しかしである。『銀河鉄道の夜』も『河童』も、中学生や高校生の年頃に読んでいておかしくはない作品である。大学の3年生に「読め」と云うにはあまりにも彼女たちをバカにしているように思えて、最初は気が引けたと云うのが正直なところだ。しかし、二十歳くらいの「全く本を読まない」人々に、先ず何を最初に読ませるべきなのかと云うことを考えると、相当悩む。本を読むと云うことが人生に不可欠なことだとは思わないけれど、やはり建築設計とかインテリアデザインのような方面に向かうのであれば幅広い教養が必要なのではないかと思うのである。まあ教養ってのはマンガからでも映画からでもTVからでも得られるものだからね、「読書至上主義」になる気はさらさら無い。そもそも僕自身にどの程度の教養があるのか甚だ怪しいわけだから。

そんなこんなで、今週末の授業で学生に会うのは不安である。「またもや挫折」みたいなことが起こりそうで。でもね、M先生の本が出たら買って欲しいと思う。いま読むには難解かもしれないが、いつかきっと面白い本になる筈だから。これはゲラ原稿を読んだ僕が、自信を持って云えることである。初めての読書が建築史の本であっても一向に構わない。

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