Tetra Logic Studio|テトラロジックスタジオ

建築・舞台芸術・映像を中心に新しい創造環境を生み出すプラットフォームとして結成。プロジェクトに応じて、組織内外の柔軟なネットワークを構築し活動を展開。

会話の身体 ―アルマイトの栞 vol.20

子どもの頃から社交辞令的な会話が苦手である。いや、社交辞令的な会話に長けた子どもなんて可愛げがない。子どもは天衣無縫で好いのだ。「どんなかんじにする?」と尋ねる床屋のおじさんに「ウルトラマンみたくして」と云っても許されるのである。モヒカン刈りだよ、それ。大人は云わないほうが好い。人は成長の過程でいつしか社交辞令的な会話や振る舞いを身に付けるのである。しかし、どうも自分はそれを身に付け損なった気がする。

さほど面識の無い、会えば会釈をする程度の間柄の人から「暑いですねえ」などと云われる。そこで素直に「そうですね、蒸しますね」とでも返せば好いものを、そのコトバがすぐに出ないのである。「そんなに暑いかな」とか思ってしまうのだ。子どもだったら「ウチはボーナスでクーラーを新品にしたよ」と口走っても許されるだろう。だがこちらはもう30代半ば過ぎである。そんな非礼な返事も出来ないではないか。となると、一瞬口ごもって「暑いですね」とか云って会釈をしたり精一杯の作り笑いなどをすることになる。なんでもっと自然に出来ないのか。

思うに社交辞令的な挨拶や会話と云うのは、単に口からそのコトバを発するだけではなく、身振りや動作と云った身体性を伴う表現行為なのではないだろうか。誰しも覚えがあるのではないかと思うのは葬式における挨拶や会話である。生まれて初めて「ご愁傷様でした」と云うコトバを口にした時、背骨のあたりが震える緊張感を覚えた。単にそのコトバを云うだけではなく、どの様な表情をし、どの様な声の調子で、頭を下げる角度はどれくらいなのかが全くわからず戸惑ったのである。あの時の自分はかなりギクシャクしていた筈だ。

的確な「セリフ」とそれに付随する一連の身振りが伴って、初めてこの種の会話がよどみなく出来るようになるのである。僕の場合は、どちらかと云えばコトバの部分よりも身振りなどの身体性の部分で何か欠落しているようだ。椅子座の生活の中で育った僕は、畳の座敷で正座をして挨拶をする習慣が全く身に付いていない。しかし、この年齢になるとそう云う場面にも出くわすのは避けられない。そしてこれが今もってギクシャクする。自分の周囲にはそう云う身体性に長けた年長者がいるわけで、こちらはそれを見よう見まねでする。明らかに「上手い役者を真似る」のと同じことだ。人の成長過程においては、こう云うある種の「演技トレーニング」が含まれているように思う。

いま、どうにか出来ないかと思っているのは床屋の会話である。もしかすると、これが一番苦手かも知れない。床屋にもよるのだろうが、僕が過去に出向いた床屋はことごとく社交辞令的な会話を仕掛けてくるのだった。「最近、お仕事はどうですか?」などと聞かれるともうダメである。どう答えようか30秒くらいは悩んで、何だかワケのわからないことを喋っている。仕事の状況を本気で正確に伝えようと思えば一言で返答出来るような内容ではない。しかしそれを延々喋っても好いものなのか。相手は名字も知らない床屋である。

だが先日、床屋でいつもの通りの会話に苦しめられている時にあることに気付いた。床屋での会話が他の社交辞令的な会話と決定的に異なるのは、こちらが身動き出来ないと云うことなのではないか。ハサミで耳などを落とされないようにするにはジッとしていなければならない。前髪辺りにハサミがくれば目を瞑ってしまう。話し相手の顔すら見ていないわけで、小一時間はこんな状況だ。「そうですね」程度の相づちを打つ時もうかつにうなずけないわけである。身体性をはぎ取られた「純粋会話」とでも云うべき状況で、これが僕を悩ませるのではないかと思うのだ。話題の問題ではない。

床屋でよどみなく会話をしている年配の客を見ていると、彼等は驚くほどジッとしたままきちんと会話をしている。コトバと身体は分裂しているのに不自然さが無い。何かしらのテクニックを感じるのである。昔、竹中直人が「笑いながら怒る人」とか「スキップしながら怒る人」と云うのをやっていたが、それに近い。アレは難しい芸だと思うよ。そう簡単に真似られるものではない。しかし床屋と円滑なコミュニケーションを取ろうと思ったら、そう云う術も身に付けねばなるまい。派手にスキップをしながら会社の概要説明をするのはどうかと思うが、せめてジッとしたまま目を瞑って景気の話などが出来なければ床屋にも行けないのである。今更ながらに気付くオトナの社交術であり、高度で特殊な身体制御のワザである。

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