Tetra Logic Studio|テトラロジックスタジオ

建築・舞台芸術・映像を中心に新しい創造環境を生み出すプラットフォームとして結成。プロジェクトに応じて、組織内外の柔軟なネットワークを構築し活動を展開。

全集と向き合う ―アルマイトの栞 vol.213

国書刊行会から出たばかりの『マルセル・シュオッブ全集 』を、なぜだか頂いてしまい、まるで辞書のような厚さ5.2センチの933ページに及ぶ本で、しかも自分にとってマルセル・シュオッブは未読の作家でもあり、どの作品から読むか悩みつつ適当にページを繰って、とりあえず234ページの『ミイラ造りの女』を開いて読み始めたが、それは次のような文章で始まる。「リビアのエチオピアとの境のあたりに、いまでもとても年老いた、とても聡明な人間たちが暮らしており、テッサリアの魔女たちのそれよりもっと不思議な妖術がさかえているということを、わたしは疑うことができない」。何を云ってるのだ、これは。

じつのところ、自分はマルセル・シュオッブについての予備知識が極めて少なく、もしかすると澁澤龍彦の本か何かで名前くらいは見たことがあるかもしれないのだが、「名前を知ってるような気がする」と云う以上のものではないので、いきなり『マルセル・シュオッブ全集』などと云う本を頂いてしまうと、先ず当惑するわけで、それから恐る恐る本を観察し、一冊の本の訳者が6人も居ることに驚き、その6人は1925年生まれの人から1953年生まれの人たちで、年齢差28歳に亘る6人が共同で一冊の全集を訳す作業はドンナ光景なのかと想像し、そして気付けば自分の腕が痺れていて、なんにしたってハードカバーでA5判933ページの本は重たく、明らかにMacBook Airのほうが軽い。

作家マルセル・シュオッブについての知識が無いまま次から次へと作品を斜め読みすると、いつの時代の作家なのかが判らず、『マルセル・シュオッブ全集』の巻末に附された年譜を見て初めて「1867年、パリ近郊のシャヴィルに生まれる。1905年、パリにて逝去」と知り、作家として活動した期間の大半が19世紀末だけれど、年譜によれば28歳で病身となり、37歳で病没するまでの間は転地療養を繰り返し、ナポリとかマルセイユへの転地療養は理解できるものの、1901年10月には船に乗ってサモア諸島なんかへ向かい、「サモアって、あんた」と云うくらい突飛な転地で、むしろ病状が心配になるが、やはり現地で肺炎をこじらせ、翌年3月末にパリへ戻り、「療養」と呼ぶより「消耗」だと思う。

突飛な転地をするマルセル・シュオッブは、作品も突飛な内容が多く、それらは「幻想文学」と呼ばれる類かと思われ、「幻想文学の定義」を知らないが、例えば、次のような一文で終わる小説だ。「惨めな赤いマネキン人形が叫び声を上げながら嬉しそうに煙草を喫っているのを見ると、子どもっぽいあわれみの情に捉えられて足を停めた」。ナニゴトかと思うラストで、マルセル・シュオッブに奇怪な印象を抱くが、なぜか次々に作品を読み続け、YouTubeで関連動画の視聴にハマる状況とソックリだと気付き、すると、この933ページの本を読了するまで自分は引きこもりになる恐れがあり、せめて本を持ってドトールにでも「転地」すれば少しは健康的だけれど、それは「療養」ではなく「籠城」だ。

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