Tetra Logic Studio|テトラロジックスタジオ

建築・舞台芸術・映像を中心に新しい創造環境を生み出すプラットフォームとして結成。プロジェクトに応じて、組織内外の柔軟なネットワークを構築し活動を展開。

調べもの迷宮 ―アルマイトの栞 vol.177

ほんの5秒ほど途絶えた雑談を、唐突に「19世紀のクリミア戦争は」と、前後の脈略の無い話題に変える知人が居て、ナニゴトかと思い、しかし彼の口から「ボスフォラス海峡の」と発せられたとき、自分のアタマには小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』が現れてしまい、それは物語の冒頭の数行目に「ボスフォラス以東に只一つしかないと云われる降矢木家の建物が」と書かれるからで、自分が初めて「ボスフォラス」の地名を知ったのは『黒死館殺人事件』だったゆえに、自分にとっては「ボスフォラス=黒死館殺人事件」なのであって、思い出したからには再読したい衝動に駆られ、知人の話が、申し訳無いことに、聞こえなくなった。

初めて『黒死館殺人事件』を読んで「ボスフォラス」の地名を見たとき、それが地球上で位置する場所は全く解らず、なにせ地理が苦手科目なものだから、「どこかには違いないんだろうなあ」とだけ思って通過し、それ以上は何も追究しなかった。それが、昨年の春頃だったか、何かのTV番組でトルコの文化を紹介しており、一枚の写真が画面に現れ、「これがボスフォラス海峡から眺めたイスタンブールの街です」とナレーションが入って、思わず「ここだ、ここだよ、ここ」と叫んでしまったのだが、一緒にTVを視ていた人たちには全く意味不明の感動だったのも明白で、ことによると、「コイツ、前世の記憶を回復しちゃったんじゃないか」とか心配された可能性さえある。

このTV番組を視た直後にも『黒死館殺人事件』を開き、「ボスフォラス以東に只一つしかないと云われる降矢木家の建物が」を見つめていたが、なにせ、繰り返すが、地理が苦手科目なので、そもそもイスタンブールの位置を地図上で正確に指し示すことすら怪しい自分には、「ここだよ」などと叫ぶ資格が無いのだった。けれども、今回は違った。地図を調べたのだ。それは、知人の口走った「19世紀のクリミア戦争」が、自分の興味を惹いたからで、地理は苦手科目のくせに、歴史は好きな科目だったりすると云う、自分でも理解しがたい心理の為せるワザだ。それで開いた地図は、吉川弘文館『世界史年表・地図』のp.46「トルコの領土縮小」である。現在の地図を開けよ、と云いたい。

ところで、「ボスフォラス以東に只一つしかないと云われる降矢木家の建物」は神奈川県の北相模に存在する設定で、その姿は「豪壮を極めたケルト・ルネサンス式の城館」と記されるが、イスタンブールから東回りで北相模に至る範囲は広大な気がし、その範囲で「ケルト・ルネサンス式の城館」の有無を、Googleマップの「付近を検索」で調べて好いものか。「有無」以前に、先ず「ケルト・ルネサンス式」も自分には解らず、すると北相模からイスタンブールまで、豪壮な城館を見付けては「これはケルト・ルネサンス式ですか?」と尋ね回るローラー作戦が必要だが、大勢の調査員の誰かが「これはルネさんのケトルですか?」と間違い続けて、ボスフォラス以東に只一つのヤカンを発見したら、騒動だ。

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