Tetra Logic Studio|テトラロジックスタジオ

建築・舞台芸術・映像を中心に新しい創造環境を生み出すプラットフォームとして結成。プロジェクトに応じて、組織内外の柔軟なネットワークを構築し活動を展開。

当てはまる音 ―アルマイトの栞 vol.117

映像作家のOさんの協力を得て昨年から撮り溜めてきた映像を、そろそろどのように編集してまとめるのか考えねばならず、そんなことにボンヤリとアタマを巡らせていたら、「一曲でいいから何か音楽を入れたい」と思ってしまった。自分で自分のクビを絞めることばかり思い付く、難儀なアタマである。しかし、「何か一曲」と思いはしたものの、具体的な曲のジャンルすら定かではなく、と云うことは、全ての音楽ジャンルが候補になり得るわけで、それは困ったことだ。旨く合いそうな曲調を偶然にでも気付かないかと考え、ともかく聴き始めたのは、松本隆さん作詞の曲ばかりを集めた7枚組CDボックス『風街図鑑』だ。古いアイドル歌謡を聴きたくなっただけなのじゃないか。

昨年の暮れに、映像と合わせて使えそうな音を拾えないかと、Oさんと一緒にマイクを持って屋外を歩き回った。都内のある駅の近所でアーケード商店街を見付け、レコーダを回したまま通り抜けたとき、その商店街の街頭スピーカから流れていたBGMが妙に気になった。アーケード商店街で耳にするBGMは、どこでも同じ曲ではなかろうかと云う印象を抱いたのだ。おそらく、そんなことは無いと思うが、アーケード商店街に入り込む度に、稲垣潤一『夏のクラクション』のような曲を聴く気がする。「ような」と書いたのは、確実にその曲ではないとも思うからで、他に喩えるならH2O『想い出がいっぱい』とか、ブレッド&バター『あの頃のまま』のような曲と表現しても好い。なぜか’80年代である。

夏の海水浴場でBGMとして定番になりがちな曲や、スキー場で定番のBGMと云うものは、たしかに在り、それは多くの者が知るところだ。しかし、実はあまり広く知られずに、「アーケード商店街らしさの定番BGM」と云うジャンルが在りはしないか。場の「らしさ」は、そこで流される音楽に強く影響を受ける。ある友人の部屋は、いつ遊びに出向いても「地下の酒場」の雰囲気が漂い、その部屋を訪れた者たちもみな、同じ感想を口にしていた。その部屋が、地下ではないどころか、建物の最上階であるにもかかわらずだ。ずっと不可解に思っていたが、あるとき気付いた。その友人は、いつでも部屋のステレオコンポでトム・ウェイツの曲ばかりを鳴らしているのである。原因はそれだけだった。

同じことは、映像についても云える。TVの、語学その他の学習系番組で音を消し、その傍らでカルチャー・クラブの『カーマは気まぐれ』などを鳴らすと、講師がカメラの側に居る誰かに向かって必死に愛を訴え、掻き口説いているかのように見えてしまう。出し抜けに立ち上がった講師が黒板に解いてみせた偏微分方程式は、新手のプロポーズだろうか。まるでモンティ・パイソンのコメディ番組である。映像に、うかつに音楽を当てるとロクでもないことになるのだ。それならば、「何か一曲」ではなく、「音」で検討すべきではないか。映像のエンディングに、何分間も鳴り止まない大勢の拍手や「ブラボー」の声を入れたらどうかと思ったが、それを自分たちで観ると、きっと虚しい気分に苛まれる。

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