Tetra Logic Studio|テトラロジックスタジオ

建築・舞台芸術・映像を中心に新しい創造環境を生み出すプラットフォームとして結成。プロジェクトに応じて、組織内外の柔軟なネットワークを構築し活動を展開。

ロケハンの人数 ―アルマイトの栞 vol.112

「ロケハン」と呼ばれる行為を目的に出掛ける場合、それはいったい何人くらいで出掛けるのが適正なのだろうかと考えながら、カメラを片手に一人で出掛けた。「それは散歩だよ」と云われそうでもあり、しかしそのコトバを否定できる程の強い反証材料も無い。「お散歩ですか?」と誰かに声を掛けられたなら、「はい」と答えておくのが無難と云うものだ。しかし、散歩中の者が、自分とは縁もゆかりもない見ず知らずのマンションにカメラを向けたりするだろうか。それは「不審者」なのではないかと、ファインダを覗きながら思った。咄嗟にアタマに浮かんだのは、「古いマンションを観て全国を歩くのが趣味なんですよ」と云うデタラメな台詞だ。

駅の構内などで「不審な人を見かけた際は係員までお知らせ下さい」とアナウンスしているが、「不審者」と云うコトバから人がイメージする人数は何人くらいなのか。アンケートを取ったなら、その回答は「一人」が最も多いように思う。間違っても「五人」が最多回答にはならないだろう。もし駅の改札口付近で、一人の男が無言で三点倒立をしていたら、不審である。しかし、五人が並んで三点倒立をしていたなら、それは「不審者」と云うより、迷惑な馬鹿者達だ。同じ行為でも、それをしている者の人数で不審か否かの判断は分かれるもので、漠然とではあれ、「一人」は「不審」になりやすいと誰もが感じるからこそ、駅で募金活動を試みる者達は托鉢を模倣しない。団体行動を選ぶものだ。

学生の頃、友人達とビデオ映画を撮って遊んでいた。その仲間の一人が、ある浄水施設の名を挙げ、その構内の風景を作中に入れたいと提案した時、実際には誰かが一人で出掛けて撮影してくれば済むのを、わざわざ五人で出掛けた。「一人じゃ怪しまれる」と意見が一致したからだ。一般見学不可のその施設に五人で出向き、唯一の建築学科所属だった自分が学生証を出して見学依頼をしたら、全員を構内に入れてくれた。自分が職員の説明を聴いている間に、他の四人がコッソリとカメラを回した。悪いことをしたものである。「ゲリラ撮影」などと呼べば何かしらカッコイイが、つまりはただの「盗撮」だ。職員が不審の念を抱かなかった理由は、学生証よりも、明らかに「熱心に見学する感じの五人」だった。

ロケハンとは云え、一人だと不審者になりがちなのは、おそらく一人では体裁を取り繕うことが難しいからだ。二人であれば、適当な会話などしつつ人目をごまかすことも可能で、これが五人になれば、自然と何かの団体行動のように見える。むしろ五人では「不審者」に見られることのほうが困難で、そのためには全員で肩を組んで円陣を作りながら無言で歩くくらいのことをしないといけない。ともあれ、「次は誰かを誘うべきだ。せめて二人だ」と思った一人ロケハンなのだが、その目的は、半村良さんが40年近く前に書斎を構えていたマンションを発見したので出掛けてみたと云う、ただそれだけのことだ。ようするに、散歩じゃないか。

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