Tetra Logic Studio|テトラロジックスタジオ

建築・舞台芸術・映像を中心に新しい創造環境を生み出すプラットフォームとして結成。プロジェクトに応じて、組織内外の柔軟なネットワークを構築し活動を展開。

押上の宇宙人のとなり ―アルマイトの栞 vol.101

鈴木一琥さんの次のダンス公演『Voices of Dragon ~龍の声~』の打ち合わせで出掛けた先は押上で、地下鉄の駅から地上へ出たら、高さ634mの鉄塔が突き刺さっているわけである。東京の下町に、異星人たちの乗った母船が何かの手違いで墜ちて刺さって身動きが取れなくなったのじゃないかと云う光景で、申し訳無いけれど、笑った。遙か彼方に輝く恒星まで、当面は帰れそうにない雰囲気だ。そうなると、困っている異星人を下町の住人たちが助け始めるのではないかと思うわけで、それは半村良さんの『となりの宇宙人』そのままの展開である。「宇宙人は冷奴をひとくち口に入れて首をかしげる」。それはそうだろう。続きが気になる方は河出文庫『となりの宇宙人 』で読んで下さい。

自分の勝手な思い込みに過ぎないと思うが、「SF」と云うコトバから連想する物語の舞台は「都会」と呼ばれるような場所で、「SF」から「下町」を連想することは先ず無い。けれども、押上の駅から一琥さんの住まう下町の長屋を目指して歩くと、昭和30年代にでも紛れ込んだような木造家屋ばかりの住宅街のすぐ向こうに、地上634mの構造物が見えるわけである。松本零士さんのSF漫画に描かれる未来の光景に、これとよく似た眺めがしばしば現れるのを思い出した。どこかで時間が停まったままのような町並みには木造二階建ての下宿アパートなどがひしめくが、その低い屋並みの向こうには無鉄砲なまでに高層化した構造物が林立する光景だ。

しかし、実際にそんな光景が現れてしまったからには、「光景」に関する限り、もうそれは「SF」ではない。「SFっぽい現実」である。今のところ、東京の下町に超能力者が現れた話までは耳にしていないので、と云うことは、半村さんの『岬一郎の抵抗』はまだ「SF」だと思って好さそうだ。その物語の舞台は押上ではないけれど、まあ近所と云えば近所の、充分に徒歩圏内である。半村良オフィシャルサイトに元・担当編集者のGYさんが書いてくれた『「岬一郎の抵抗」半村良を旅する(2)』を読むと、地理的な位置関係がよく解る。押上駅から南西に3キロほど離れた辺りの木造アパートで主人公は超能力者として覚醒し、その存在が近隣一帯を次々に巻き込み、物語は壮大な展開をする。

じつは鈴木一琥さんは極めて「SFな場所」に住んでるのではないか。一琥さんの住まいを訪ねたのがこれで何度目になるのか忘れたが、一琥さんはいつも駅まで迎えに現れ、帰りは駅まで送ってくれ、そして自分の記憶にはいつも道順が全く残っていない。「宇宙人にちょっと誘拐されて帰って来た人」の話の典型である。もしかして、「ダンス公演『龍の声』を助けて欲しい」と云う一琥さんの依頼は、つまり押上駅前で立ち往生している彼の胴長の母船を「助けて欲しい」と云うことなのじゃないか。わざわざ「634m」の全景を眺められる場所に連れて行ってくれた理由もそれで頷ける。だとするならば、公演企画の中心メンバーを推薦したつもりで勝手に数人の名前を挙げたのはまずかったろうか。次に一琥さんに掠われる地球人を自分が選んでしまった。

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